【無料小説】 そして欠片は花弁のように 恋愛小説

【無料恋愛小説】そして欠片は花弁のように③ミッキー

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翌日から母の代わりに、ある作業をするハメになってしまった。
内容としては簡単だけど、外で行うために暑さがひとたまりもない。
今や日本の夏はスイカ、花火、海、といった言葉だけでなく、熱中症という言葉も風物詩となっている。
昔は日射病と呼ばれていたらしいけど、暑さで体調を崩す症状全般を熱中症と表現して、日射病というのは日向で起こす熱中症の事らしい。
以前ミニーがそんなような事を言っていた。
とにかく何が言いたいかと言うと、日本の夏は日陰でも倒れるくらいに暑くなった、という事だ。
にも関わらず、日中に日向で作業をしなければならない。
本気で熱中症対策をしなければ命の危機となる。
そして手際よく、なるべく短時間で終わらせるのが重要だ。

午前中に作業を終わらせて、その後は毎日ミニーと会う。
僕とミニーにとっては、夏休みも普通の日も大きくは変わらない。
毎日会ってずっと一緒にいる。
基本的には会話をしているだけ。
それだけで、下手に出かけたりするよりずっと楽しいのだ。
後はまぁ、食事をしたり。
手を繋いだり。
爪を立てられたり。

別に期待するわけじゃないけど、プレゼントを気に入ってくれたら、手を繋ぐ以上の事もしてくれたりするのだろうか?
例えばキ…………

「ううう、暑い……」

暑さのためか、妙な事を考えていたためか、頭がクラクラしてきた。

早く作業を終えよう……

ミッキー
それにしても毎日暑いな。体調は大丈夫か?
ミニー
さぁ、どうかしらね。夏が夏である以上、暑さに対して精神的に準備を整えておけば大丈夫じゃないかしら
ミッキー
心頭滅却すれば、ってヤツか。でもそんな精神論を超越した暑さだと思うけど……
ミニー
そうね。私もあなたを見た途端に耐えられないくらい暑苦しくなってきてしまったわ。どう責任を取ってくれるのかしら
ミッキー
もしピッタリ寄り添ったりしてるなら話は分かるけど、今の状態で僕が暑さの原因って言われても困るぞ!
ミニー
うるさいわね。ここで踊るわよ
ミッキー
何を言ってるのか全然分からないぞ。この暑いのに踊ったりしたらホントに倒れるんじゃないのか
ミニー
違うわよ。心が躍るのよ、って言ったの。あなた相手だと精神が乱されて心頭滅却出来ないのよ。暑くてたまらないわ
ミッキー
そ、それは喜んで良いのか?でもホントにお前に暑い想いをさせてるとしたら困るな……
ミニー
そうね。だから姿を見せないように次回からは着ぐるみを着てきてちょうだい
ミッキー
そんな格好で街を歩いたら僕が倒れるぞ!
ミニー
あらそう。良かったわね……
ミッキー
ん?どうした?
ミニー
さぁ、何を言っているのかしら。何でもないわよ。あまりの暑さに地球が自転を早めたのかもしれないわ。今の時点で事典には載っていない事実を発見してしまったのかしら
ミッキー
いや、そんな言葉遊びはどうでも良くて……何か辛そうに見えるぞ。ちょっとそこの自販機でスポーツドリンクか何か買ってくる!
ミニー
まぁ、私の言葉がどうでも良いだなんて失礼な。……しかももう聞いてないじゃないの……腹立たしいわね……

記念日まであと1週間ほど、というある日。
僕は焦った。
ミニーの体調がとても悪そうだ。
今まで生きてきて、こんなに焦った事は無かったと思う。
焦りは禁物。
そんな言葉を思い浮かべる暇もないくらいに焦った。

小学校の劇で何故か主役級に抜擢された時も(ちなみに緊張で台詞が飛んでしまった)、中学校の球技大会で試合終了直前の同点の場面で何故かキーパーと一対一の状況になった時も(ちなみに思い切り蹴って、ボールはあらぬ方向へ飛んでしまった)、今通っているそこそこ難関の進学校に合格しているのが分かった時も(ちなみに入学以降、僕の日常は非日常の世界に飛ばされてしまった)、ミニーと初めて教室で会話した時も(ちなみにこの人が非日常の原因)、告白をした時も(自ら進んで飛び込んだって事か)、僕はここまで焦っていなかった。

新聞やニュースで連日目にする「熱中症」の文字が脳裏をかすめる。

僕はミニーを日陰のベンチに横たえて、すぐ近くの自販機で水とスポーツドリンクを購入した。

まずはスポーツドリンクを飲めるだけ飲ませる。
その間、冷たい水は首にペットボトルごと当てておく。
テレビで観た熱中症対策、というヤツの受け売りだ。
ミニーは軽々500mlのスポーツドリンクを飲み干してしまった。
普段小食な事を考えると、やはり脱水症状を起こしているのかもしれない。

顔色には変化が無いように見えるけど、熱を持っていたら大変だ。
しかし、ミニーはおでこに触れて体温を確認しようとする僕の手を払った。

ミニー
ちょっと、触らないでちょうだい

僕の血液が瞬間的に沸き立つ。
ミッキー
そんな事言ったって、篭った体温が外へ逃げてなかったら大変じゃないか!
ミニー
うるさいわね。じゃぁ私の手で確認すれば良いじゃないの。さぁ、どうなのかしら?
ミッキー
いや、いつもと同じな気がするけど……やっぱり手じゃよく分からないぞ
ミニー
普段と同じだから分からないように感じるだけよ。別に体調はどこも悪くなっていないもの。実験は成功ね

そう言って、ミニーはゆっくりと上半身を起こし、ベンチに寄り掛かった。
ミッキー
実験?どういう事だ
ミニー
私が熱中症のような状態になったらあなたが私に何をしてくれるのかを確認していたのよ。演技とはいえ一気にスポーツドリンクを飲んだりしてお腹がいっぱいになってしまったわ。でもホントに熱中症になったとしたら、水もスポーツドリンクももう少したくさんあった方が……
ミッキー
いいかげんにしろ!!!!
ミニー
…………何よ、突然。頭に響くから辞めてちょうだい
ミッキー
どれだけ心配したと思ってるんだ!悪ふざけにも限度があるだろ!お前が倒れたりしたら僕は……僕は……もう帰る
ミニー
………………

やってしまった。
怒鳴ってはいけない、怒ってはいけない。
心のどこかが必死に訴えていたけど、僕は止める事が出来なかった。
普段の会話でどれだけ分からない事を言われても、冗談で罵られても、僕は怒ったりしない。

でも今回は状況が全く違う。
冗談では済まされない。
本気で心配したんだ。

もしミニーの身に何かあったら。
そんな想像したくもない映像が勝手に浮かんできて……
いけないと思いつつ、一旦悪い想像が始まると、それを止める事が出来なかった。
病室で眠るミニーとか、声を掛けても反応しないミニーとか、手を握っても爪を立ててくれないミニーとか……

怖かった。
ミニーを失いたくない。
そんな想いが全身を覆い尽くし、炎天下でも震えるほど怖かった。

このまま会話を続けるとどんどん悪い方向に進んでしまう気がして、僕は逃げるようにその場を後にしてしまった。
ミニーは何も言わず、追ってもこなかった。
ミニーに背を向ける直前に見た顔は、普段よりほんの少しだけ、悲しそうな表情に見えた。

その次の日から、ミニーは待ち合わせ場所に来なくなった。

続く

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