今日も世の中を憂えた会話をしようと思っていたけれど、熊本の震災が大変な事になっているからちょっとそれどころではないわね。本物の憂いの前には小さな人間の憂いなんて何の意味も無さないものなのかもしれないわ。とにもかくにもまだまだ余震もありそうだし、これから雨も降るようだから、何はともあれ人命、そして自分の命を優先してちょうだい。日本は何度もこういった震災から立ち直って発展してきた歴史と経験があるから、生きてさえいればまた必ず戻るはずよ。差し伸べられた手があるなら、遠慮せずに使ってちょうだい。差し出せる手があるなら、惜しみなく使わせてあげてちょうだい。2011年の震災の時もブログを中断しようかと思ったけれど、こんな時こそ楽しいブログを続けて欲しい、と言ってくれた人が大勢いたから、今日の夜からはまたいつも通り記事を更新させてもらうわね。また皆が落ち着いて会話を聞きに来てくれる日が来る事を楽しみにしているわ
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依然として鎮静化しない被災地熊本県の余震、本当に皆さんの事が心配でなりません。僕には微力な事しかできませんが、募金をするなりなどで少しでも皆さんを勇気づけて行きたいと思います!
近隣の県民(長崎県)としても被災地熊本県を応援して行きたいと思います!
頑張らんばね、熊本県!
☆頑張らんばね←頑張らなくちゃねの意味です
「あら、そうね。物資が中々届かなくて一番苦しい時だと思うけれど、ここさえ乗り越えれば更に多くの手助けを受けられるでしょうからね。こちらとしても動くのはそれからでも遅くないのかもしれないわね」
東日本大震災から数年たらずで今回の熊本大震災が起きましたが、東北の復興がままなっていない状況下ですから、国家予算は全く足りていない事でしょう。オリンピックの会場やエンブレムで一悶着起こしたり憲法改正するしないでピーチクパーチク騒いでいるよりも、もっと他にすべき事があったと言う事。阪神淡路大震災の時自衛隊が救助に派遣され、赤信号で御丁寧に止まって救助が遅れたと言う間抜けな歴史がありますが、大震災を想定した備えと言うのが未だにきちんとなっていないとはどう言う事なのか。生き埋め状態とか閉じ込め状態の人が居る熊本の現状。これで安蘇山が本気で噴火したらどうなる事か。政治はこう言うケースには本当にだらしない。生存されている熊本の方々は、生きていて欲しいですね。
「あら、そうね。こういう時に頼りになるのは国より一般の人達だったりするわね。そういう国民性だから問題が大きくならないのかもしれないけれど、いつまで経っても国が頼りないままという状況にもなってしまっているのかしら。今回も力を合わせて乗り越えたいわね」
できるだけ早く平穏に暮らせるようになる事を祈っています。 雨が降らない、降るとしても雨量が少なければいいのですが。
「あら、そうね。雨に噴火に、いくつも襲い掛かってきているわね。誰も想定してない事が起こる、という事を自然が教えようとしているのかしら」
こんにちは。
がんばれ熊本。
「あら、そうね。まだまだ余震が続いているみたいだけれど、早く落ち着かないのかしらね。どうなってしまうのかしら」
僕も少しでも被災者の力になれるように…。
「あら、その気持ちが重要なんでしょうね。何か役に立てる機会があると良いけれど、今必要な事は何かしらね」
こんなときは何を言っても空しい言葉になりそうですが、だからと言って黙っているのも心苦しいのでコメントします。今回の震災は日本に住んでいれば誰もが他人事ではないと思います。今はとにかく生き延びてください、としか言えませんが、命さえあれば希望は見えてくるはずです。いつか被災地の皆さんと友人として交流できる日を楽しみにしています。
「あら、そうね。言葉より何よりもっと形として求められているものがあるんでしょうけれど、しばらくは色々な想いが上手く形にならないような状況にやきもきしそうね。とにかく早く余震が治まると良いけれど、物凄い頻度で襲ってきているわね」