自分の心というものは、自分では唯一無二のもので、揺るぎないと思うのが普通ですけど、実際は脳が作り出す物語に過ぎないんじゃないですかね。だからどうにでも書き換えることができるし、変わることができる。僕はいい意味で、三つ子の魂百までも、というのは当てはまらないと思います。
「泣きっ面に蜂」みたいな20代の人生でしたが、30代~40代その要因である病気を逆さにとって「災い転じて福となす」みたいな、物事に対する学び方ができたような気がします。 「そうなってしまったことは仕方ない」状況の中で、幸せになりたいですね。「やり直しはきく」のだから・・・。
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ワタクシ、あつものに懲りて
石橋を叩き壊す感じです。
「あらそう。石橋だって叩き過ぎたら壊れるものね。石の上に3年もいたらすっかり全盛期を過ぎてしまうかもしれないし、来年の話だけで鬼が笑ってくれるなら中々スゴイ事じゃないかしら」
ボケ老人にならず百まで生きるという願いも込められてるのかな。 他に似たコトワザは、鉄は熱いうちに打て。後悔先に立たず。憎まれっ子世に・・・。
「あら、そうね。ことわざも解釈一つで良い意味にも悪い意味にもなりそうだものね。世にはばかるほど憎まれたらそれもまた才能じゃないかしら」
口唇期から肛門期に移行し、母親を最初の他人だと理解する中で、人間不信は乳児期から老年期まで付きまとうのかもしれませんね。いったい何があったのでしょう。
「あら、見渡せば全員他人だものね。そんな中で上手に生きていくのも大変だけれど、果たして上手に生きている人は存在するのかしら。三つ子どころか生まれた時から失敗続きかもしれないわね」
こんばんは。
私も現金になりたですね(^_^.)
犬も歩けば棒にあたると言いますが、
オッサンが歩けば宝くじは・・・当たりまへんなぁ(^_^.)
「あらそう。3歳くらいで宝くじと遭遇するとずっとその後も遭遇するのかしらね。でも子供の頃の方が現金な人は多いかしら。金銭で明らかに態度が変わったりするものね」
自分の心というものは、自分では唯一無二のもので、揺るぎないと思うのが普通ですけど、実際は脳が作り出す物語に過ぎないんじゃないですかね。だからどうにでも書き換えることができるし、変わることができる。僕はいい意味で、三つ子の魂百までも、というのは当てはまらないと思います。
「あらそう。固い信念のようなものがあるなら良いけれど、何か悪い事の言い訳のように使われたら周囲もたまらないものね。スポーツ選手とかも自己催眠として使っているカンジかしら?」
「泣きっ面に蜂」みたいな20代の人生でしたが、30代~40代その要因である病気を逆さにとって「災い転じて福となす」みたいな、物事に対する学び方ができたような気がします。
「そうなってしまったことは仕方ない」状況の中で、幸せになりたいですね。「やり直しはきく」のだから・・・。
「あらそう。色々と経験してどんどん性格が変わっていったカンジかしら?まさか3歳のままでいたら周囲も困ってしまうものね。って、そういう意味のことわざではないんでしょうけれど」