新しいクラスになったばかりなのに、私はとっても困った状況に置かれている。
変わり者として有名な女の子の隣の席になってしまった。
今までずっと違うクラスだったけど、彼女と同じクラスだった別の子に妙な噂を聞いた事がある。
彼女はある日を境に、まるで別人のようになってしまった、って。
その切欠は……聞いた噂では友達と揉めたとか何とか。
何があったのか、誰も詳しくは知らないみたい。
でも【別人】って言うけど、変わる前は大勢と仲良くしてて、変わったら誰とも接しなくなった、みたいなのとは違うらしい。
最初からほとんど誰とも接してなくて、だからどれくらい変わったのか、実は皆よく知らない。
明らかに口調が変わってまるで違う人みたい、とか言ってたけど、所詮はその程度。
そんな彼女が、私の隣の席にいる。どうしたって会話をする仲になるのは避けられない。
別に避けるつもりもないんだけど。
だって、本当に彼女が変わってるのかもまだ確認してないもん。
それに、せっかく隣なのに全然話さないのなんて寂しいもん。
「はじめまして……だよね。私ミサキ。よろしくね」
「初めてじゃないかも?見かけた事があるかも。でも話すのは初めてかも?」
噂と同じ口調、話し方。以前はもっと普通だったらしいけど……
問題はどちらかというと口調ではなくて……
「そんな事言ったら私だってハイジちゃんの事知ってるよー。ちょっと有名だもん」
「人は誰でも本人の認識よりも勇名なのかも?有名ではなくて勇名でも、私は勇者として活動した事は無いかも。名前が有るという観点からは誰もが有名かも」
そう、問題は何を言ってるのかよく分からない事。
でも、悪い子だとは思えない。
ママが言ってたもん。あまり知らないうちから人を判断してはいけません、って。
噂を知っている他の人達からの視線が気になるけど、彼女と仲良しになれるように頑張ってみよう。
そんな私は小学五年生。
それとは別に、今回のクラス替えでは嬉しい事があった。
ユウキ君と同じクラスになれた。
三年と四年の時が一緒で、今回のクラス替えでも一緒になれるかどうかドキドキしてた。
これで卒業まで同じクラスでいられる。
彼はとっても大人しくて引っ込み思案だけど、そのテレている様子とか、恥ずかしがる様子を見るのが何だか嬉しい。
脇腹とか足の裏とかじゃなくて、心を直接くすぐられているような妙な感覚がする。
これって、好きって事なんだと思う。
私と話すだけでもこんなに意識してくれる人がいるんだ、って思ったからなのかな。
でも残念ながら他の女の子と話す時も同じなんだよね。
だからユウキ君は私の事が好きなわけじゃなくて、女の子と話すのが恥ずかしいだけみたい。
でもまた二年間同じクラスだし、もっと仲良しになれると良いな。
周りの女の子達はこんな内容の話ばっかり。
あのアイドルがテレビに出てた、とか。コンサートに行ったんだ、とか。
○○ちゃんと○○君って両想いなんだって!とか。
私はそういう話、実はちょっと苦手。
だってすぐに広まっちゃいそうなんだもん。
女の子達はいつだって新しい情報が大好きで、新しい噂が大好きで、どんな授業より、どんな給食より、どんなテレビ番組よりも楽しみにしてる。
だから私は、ハイジちゃんと仲良くなりたい。
そういう噂の外にいる子だから。
そういう噂が好きなタイプには見えないから。
彼女自身は噂そのものの存在、ってカンジだけどね。
少しずつ話すようになって、私はハイジちゃんが二人か三人いる事に気付き始めた。
「今日の体育ってマラソンするんだって。あー、面倒だなぁ」
「球技や他のスポーツだと、いつ怪我するか分からないかも?マラソンは最も安全に身体を動かすスポーツと言えるかも。でも人生というマラソンは怪我だらけで、私の考えは全くの矛盾だったとたった今気付いた次第かも」
「ハイジちゃんは怪我しないからって理由でマラソンが好きなの?」
「ううん。疲れるから大嫌いかも。でもそれはタイムを出そうとする自分の欲が生み出した自業自得の疲れなのかも。ゆっくり散歩するつもりで歩けばたぶん大丈夫かも。でもグラウンドのトラックを回るだけだとすぐに景色に飽きてしまうかも?だから確かにマラソンは忍耐のスポーツと言えるかも」
これは一人目のハイジちゃん。
「ねぇ、どうしてハイジちゃんってそんなに勉強が出来るの?」
「勉めて強固な姿勢を取り続けるのが得意という事は、とっても頑固で関係を持ちたくないタイプの人という事かも。でもそれは集中して勉強が出来るという事に結局は通ずるのかも?簡単に言うと授業を聞いているだけかも……でもそんな事を言うときっと反感を買うかも」
「えーと、授業に集中……って事だよね。でもそれが中々出来ないんだよね」
「まずは集中する事に集中してみると良いかも。でもそれに失敗すると集中する事に集中する事に集中するという事態になるのかも?そのまま段階を踏んでいく過程で義務教育が終わってしまうかも。これもたぶん反感を買うかも」
これも一人目のハイジちゃん。
「ハイジちゃんって何か好き嫌いある?」
「うーん、食べられれば大体好きかも。でも実は好き嫌いと言いつつ、ほとんどのケースで嫌いな物を訊かれているのかも?それならたぶんこの質問こそが嫌いという失礼極まりない展開に持ち込む恐れが高いかも」
「そっか。でも食べ物の好き嫌いは無いんだね。偉いなぁ」
「動物園や水族館に行くとたくさん動物や魚がいて、それを見るのは好きかも。でも自然界では誰もが食べられてしまう可能性を持っているかも。そうなると何もかもが食べ物になってしまうかも?という私の割り切った考え方が嫌いという結論に至ったかも」
これも一人目の…………って、しつこいね。
じゃぁそろそろ二人目のハイジちゃん。
「ねぇ、ハイジちゃん、今度一緒に買い物に行かない?」
「うん!良いよ!もちろん断る理由はないよ!どこ?どこへ行く?いつ?今日?放課後?それとも今からでも良いよ!」
「えっ?今?まだ1時間目も始まってないよ?うーんと、週末とかで良いんだけど……」
「うん!良いよ!土曜日?日曜日?金曜日も週末とすると、金曜日の朝から?それとも放課後?何?何買うの?」
これが二人目のハイジちゃん。明らかに一人目とは違う。
「今度ハイジちゃんの家に遊びに行ってもいい?」
「うん!良いよ!むしろこっちから出向いちゃうよ!そしてミサキちゃんの部屋を私の部屋っぽく模様替えしたら私の部屋に来た気分を味わえるよ!そのまま私も家に帰るのを忘れちゃうかもしれないよ!」
「ええっ?私の家?でも弟と一緒の部屋だし……ハイジちゃんの家が良いな」
「うん!良いよ!じゃぁ弟も一緒に連れてきちゃえば私の部屋がミサキちゃんの部屋みたいになるよ!私の方がお邪魔した気になって、ミサキちゃんの家に帰っちゃうかもしれないよ!」
これも二人目のハイジちゃん。とても嬉しそう。
一人目も二人目も、私みたいな普通の子には何を言ってるのか分からない時がある。
ある切欠で変わってしまった、と噂のハイジちゃん。
変わってしまう前のハイジちゃんが一人目に近かったのか、二人目に近かったのか、全然違うハイジちゃんだったのか、私は知らない。
週末、待ち合わせ場所に来たのは一人目のハイジちゃんだった。
いつものように噛み合っているのかいないのか分からない話をしながら、一日一緒にいた。
仲良くなっているような気もするし、最初から何も変わらない気もする。
もっと仲良くなるには、たぶん私が変わらなきゃダメみたい。
言わないように、悟られないようにしてたけど、私は心のどこかでハイジちゃんを警戒している。
やっぱり変な子なんじゃないかって。
どうしても分かり合えないんじゃないかって。
だから私は、自分の中で一番目か二番目に大切な気持ちをまだハイジちゃんに伝えていない。
でもたぶんもう大丈夫。
「ねぇ、ハイジちゃん、私…………」
突然告白された。
久し振りだな、って思った。
前にも一度、こんな事があった。
その時は結局、忘れたくても忘れられない出来事に繋がった。
とても辛くて、寂しくて、悲しい出来事。
その時からずっと、私は分からない人をしている。
一緒に買い物に来て、お昼を一緒に食べたりして、一緒に二人きりの時間を過ごしたりして。
そんな楽しかったかもしれない時間が凍りつく。
そのまま凍って止まってしまえば楽なのに。
色々と考える事が出来るのに。
「ねぇ、ハイジちゃん、私、ユウキ君の事が好きなんだ」
私にどうして欲しいのか分からない。
キヨエちゃんの時は、タクト君に私から伝えてしまって失敗した。
その行動をキヨエちゃんに分からないと言われた。
だから私は、何もしない事にする。
何かをすると、たぶんまた嫌われる。
役に立ちたいだけなのに。
私は何もしない方が役に立つのかもしれない。
「ふーん、そうなんだ……」
つい嫌な記憶が甦って、返事が疎かになる。
どう反応したら良いのか分からない。
いつかの私が顔を出して、とても悲しい気持ちになった。
キヨエちゃんに嫌われた私は、それからほとんど誰とも話さなかった。
何を考えてるのか分からないと言われた。
私は分からない人。
小さい頃からそうだった。
やっぱり私は、何をしても、きっと誰からも理解されない。
だって、キヨエちゃんより仲良くしてくれる人なんていなかったから。
でも五年生になって話し掛けてくれる人がいた。
私は三年生の頃より分からない人になっている。
それでも何度も話し掛けてくれた。
ミサキちゃんの役に立てたら嬉しい。
産まれてから今まで、色々な事を言われてきた。
「個性的」
「発想が人と違う」
「普通じゃない」
「天才肌」
「ちょっとおかしい」
「わがまま」
「狂ってる」
色々と。
「何を考えてるのか分からない」
……色々と。
それでも近付いてくれる人がいる。
興味を持ってくれる人がいる。
自分がどれだけ【ここにいる】と叫んでも、誰も見てくれなければ簡単に【ここにいない】事になる。
だから、私の姿が見えるミサキちゃんを大切にしたい。
「あの……ちょっと良いかな……」
ミサキちゃんと買い物に行った週末が終わり、次の月曜日、何故か私は放課後の教室に残るように言われた。
相手はユウキ君。ミサキちゃんが好きって言ってた人だ。
彼が何をするつもりなのか、私には全く見当も付かない。
誰が何を考えているのか、私には分からない。
「あの……ハイジちゃんって、ミサキちゃんと……な、仲、良いよね……?」
「うん。良いと悪いしか選択肢がないなら、良いという部類に入るかも。という照れ隠しを交えずに言うと仲良しかも。そうなりたいといつも望んでいるところかも」
「ぼ、僕っ!ミサキちゃんの事が……す、好きで…………っ!」
そっか。
じゃぁ二人は両想いと呼ばれる状態にいて、きっと幸せになれる。
良かった。
何故私に伝えたのかは分からないし、私には他の人の気持ちはよく分からない。
「あ、あのっ!じゃぁ、頼むね……さよならっ!」
だから私は何もしない。
何かをするとミサキちゃんに嫌われてしまう。
キヨエちゃんに嫌われたみたいに。
だから私は何もしない。
……ん?ユウキ君、今何か言ってた?
考え事をしていて途中から全然聞いてなかった。
もう教室には私一人だけ。
……私は何もしないから、たぶん聞いても聞かなくても同じ事。
ハイジちゃんと買い物に行ってから二週間ほど経って、教室に妙な噂が流れ始めた。
ナツミちゃんがユウキ君に告白したとか何とか。
ユウキ君もオッケーしたとか何とか。
それって付き合うって事なのかもしれない。
どういう事をするのかよく分からないけど、噂が流れてから、二人は一緒に帰ったりするようになった。
休み時間も二人でいて、何やらお話をしている。
そっか。付き合うってよく分からなかったけど、どうやらその人を独占する事が出来るみたい。
それに気付いた時、何だか胸が苦しくなった。
きっとユウキ君とはもう気軽に話せなくて、ユウキ君と仲良くするとナツミちゃんを悲しませてしまう。
恥ずかしそうな表情も、テレている様子も、今は全てナツミちゃんのもの。
彼女にだけ向けられている。
手とか足とかじゃなくて、心臓が無くなってしまったような気持ち。
そんな気持ちを味わっていると、ナツミちゃんに呼び出された。
ナツミちゃんは女の子達のリーダーみたいな存在で、可愛くてハキハキしていて、とても力強い子だ。
ユウキ君とは釣り合わないような気がするし、ユウキ君みたいな人を好きにならないような気もする。
「もうミサキも知ってると思うけど、私とユウキ君、付き合ってるから」
「え……うん……知ってる、よ?」
とても力強い宣言。
どうしてこんな事を改めて私に言うんだろう。
ひょっとしてクラスの全員を一人ずつ呼び出して伝えていってるのかな……
言わなくたってもう皆知ってるのに。
もう心臓が無くなってしまった場所を更にえぐられているような、不気味な気持ちになった。
「ユウキ君、ミサキの事好きだったみたいだからさ、ミサキにはちゃんと言っておこうと思ったの」
「…………え?」
「私が告白する前、ユウキ君に訊いたの。誰か好きな人とかいるの?って。そうしたら【ミサキちゃんが好きでハイジちゃんに伝えてもらったけど、何も返事が無かったから諦めた】って言ってた。でも良いよね?私、ユウキ君と付き合っても」
「………………」
何を言ってるの?
そんな話、私は何も聞いてない。
ハイジちゃんもいつもと変わらない様子だった……と思うけど……違う様子なんてする事があるのかな……
「ミサキがユウキ君の事を好きでも何でもないなら、私達のためにあんまり接したりしないで。ごめんね勝手な事言って。じゃぁね」
ナツミちゃんは毅然とした様子で、沈黙する私を置き去りにしたまま、教室からいなくなってしまった。
何かもう…………泣きたい。
たぶんとても悪い事が起こってる。
それを突き付けられる未来に泣かないように、今泣きたいのかもしれない。
「ねぇ、ハイジちゃん、もしかしてユウキ君から何か言われてたのに黙ってた?」
「うん。聞いたかもしれないかも。でも私は何もしないかも?という事はミサキちゃんは私から何も聞かなかったかもしれないかも」
「どうして……?ハイジちゃん、私がユウキ君を好きなの知ってるじゃない。言ったばかりだもん」
「でも私は何も…………しないかも……」
「ユウキ君から私に好きって伝えてって言われたんでしょ?どうして伝えてくれないの?」
「え……そんなの……聞いてない……よ」
「ハイジちゃんのバカ!嘘つき!もう知らない!」
「……ごめんね……ミサキちゃん」
何となく分かってた。ハイジちゃんはずっと演技をしているって事。
本当の自分を隠して、別の自分を演じている。
一人目のハイジちゃんも、二人目のハイジちゃんも、どっちも演技。
私達が絶交してまった最後の瞬間のハイジちゃん。
たぶん彼女が本物だ。
彼女は本当の事を言っていたと思う。
何かの行き違いがあって、ユウキ君の想いはハイジちゃんに伝わってなかったのかもしれない。
でも小学五年生の私はとても未熟で、そんなハイジちゃんに対して腹を立ててしまった。
演技をしなければ自分を保てないハイジちゃんもまた、私と同じくらい未熟だった。
私には心を開いて欲しかった。
何も悪くないのに、謝ったりしないで欲しかった。
こうして私は、好きな人と、大切な友達とを、同時に失った。
そんな私は今、高校一年生。
今でもずっとハイジちゃんの事は心の傷として残っている。
出来る事なら、またゆっくり彼女と話し合いたい……
またやってしまった。
どうして上手くいかなかったんだろう。
私が何かをするとダメだから何もしなかったのに。
ミサキちゃんの役に立ちたかっただけなのに。
大切な人に嫌われた瞬間、自分の事が大嫌いになる。
こうして私はバカで嘘つきで分からない人になる。
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嫌われた自分を責める気持ちが違う性格を
演じさせるのなら、その性格には
元の性格の好かれる要素が継承されて
いるわけで、逆に元の性格に何もないと
勘違いして寂しい思いをするんじないかと
思うと悲しい。そんなことはない。
「あら、そうね。元々ある性格と全く逆にしてしまうというのは不可能に近いでしょうから、何が問題だったのかを自分で判断して探るしかないのかもしれないわね」
ハイジって女だったのか
男だと思ってたぞ
ハイジって優しくて繊細なヤツ
壊れちまったんだな
可哀想に
面倒臭いよな人間って
寂しさに大分慣れたせいで
独りが気楽になってしまったし
ユウキくんよ
好きなら告白しろよ
俺も卒業式の時
泣かないと決めて
泣いちまったけど
ミッキーめ
両手に華か
リア充すぐる
ハイジ良かったな
良い人と出逢えて
幸せに
「あら、ハイジを慰めたのか彼への文句だったのか分からないけれど、ハイジも色々あって良かったんじゃないかしらね。と思えるのかどうかは本人次第だけれど、何もないなら何かあった方が良いのかもしれないものね」