翌日から母の代わりに、ある作業をするハメになってしまった。
内容としては簡単だけど、外で行うために暑さがひとたまりもない。
今や日本の夏はスイカ、花火、海、といった言葉だけでなく、熱中症という言葉も風物詩となっている。
昔は日射病と呼ばれていたらしいけど、暑さで体調を崩す症状全般を熱中症と表現して、日射病というのは日向で起こす熱中症の事らしい。
以前ミニーがそんなような事を言っていた。
とにかく何が言いたいかと言うと、日本の夏は日陰でも倒れるくらいに暑くなった、という事だ。
にも関わらず、日中に日向で作業をしなければならない。
本気で熱中症対策をしなければ命の危機となる。
そして手際よく、なるべく短時間で終わらせるのが重要だ。
午前中に作業を終わらせて、その後は毎日ミニーと会う。
僕とミニーにとっては、夏休みも普通の日も大きくは変わらない。
毎日会ってずっと一緒にいる。
基本的には会話をしているだけ。
それだけで、下手に出かけたりするよりずっと楽しいのだ。
後はまぁ、食事をしたり。
手を繋いだり。
爪を立てられたり。
別に期待するわけじゃないけど、プレゼントを気に入ってくれたら、手を繋ぐ以上の事もしてくれたりするのだろうか?
例えばキ…………
「ううう、暑い……」
暑さのためか、妙な事を考えていたためか、頭がクラクラしてきた。
早く作業を終えよう……
小学校の劇で何故か主役級に抜擢された時も(ちなみに緊張で台詞が飛んでしまった)、中学校の球技大会で試合終了直前の同点の場面で何故かキーパーと一対一の状況になった時も(ちなみに思い切り蹴って、ボールはあらぬ方向へ飛んでしまった)、今通っているそこそこ難関の進学校に合格しているのが分かった時も(ちなみに入学以降、僕の日常は非日常の世界に飛ばされてしまった)、ミニーと初めて教室で会話した時も(ちなみにこの人が非日常の原因)、告白をした時も(自ら進んで飛び込んだって事か)、僕はここまで焦っていなかった。
新聞やニュースで連日目にする「熱中症」の文字が脳裏をかすめる。
僕はミニーを日陰のベンチに横たえて、すぐ近くの自販機で水とスポーツドリンクを購入した。
まずはスポーツドリンクを飲めるだけ飲ませる。
その間、冷たい水は首にペットボトルごと当てておく。
テレビで観た熱中症対策、というヤツの受け売りだ。
ミニーは軽々500mlのスポーツドリンクを飲み干してしまった。
普段小食な事を考えると、やはり脱水症状を起こしているのかもしれない。
顔色には変化が無いように見えるけど、熱を持っていたら大変だ。
しかし、ミニーはおでこに触れて体温を確認しようとする僕の手を払った。
でも今回は状況が全く違う。
冗談では済まされない。
本気で心配したんだ。
もしミニーの身に何かあったら。
そんな想像したくもない映像が勝手に浮かんできて……
いけないと思いつつ、一旦悪い想像が始まると、それを止める事が出来なかった。
病室で眠るミニーとか、声を掛けても反応しないミニーとか、手を握っても爪を立ててくれないミニーとか……
怖かった。
ミニーを失いたくない。
そんな想いが全身を覆い尽くし、炎天下でも震えるほど怖かった。
このまま会話を続けるとどんどん悪い方向に進んでしまう気がして、僕は逃げるようにその場を後にしてしまった。
ミニーは何も言わず、追ってもこなかった。
ミニーに背を向ける直前に見た顔は、普段よりほんの少しだけ、悲しそうな表情に見えた。
その次の日から、ミニーは待ち合わせ場所に来なくなった。
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