「サヨナラの意味」MVを本気で小説化してみた:乃木坂46橋本奈々未卒業に捧ぐ

      2017/03/04

どうも公認会話士です。

乃木坂46の橋本奈々未さんの卒業&芸能界引退の発表に中々気持ちが追い付かない状態の中、彼女がセンターを務める最後のシングル「サヨナラの意味」のミュージックビデオが公開になりました。
ここはひとつ、この映像を文章化する事でけりをつけよう、という事で、二日間かけて短編小説にしてみました。

普段小説を書く時は脳内にある物語を文章化するだけなので、今回のように他人の作品を文章化するのは初めての経験です。
結構新鮮な体験が出来ました。

あくまで私が映像を観て解釈した内容になってますので、「思ったのと違う!」という方がいたらごめんなさい。
それと乃木坂46の関係者の方、こうした文章に問題があるようならばすぐに削除しますので、その際はご連絡ください。

動画を観てから小説を読むのも、小説を読んでから動画を観るのも、あなたの自由です!

では、お楽しみください!

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プロローグ 青

あの日、確かにあなたは泣いていた――。

冷たい雨の降る日だった。
月に一度の、帝都行きの汽車が通る日だった。
私とあなたが、初めて言葉を交わした日だった。

あなたは、汽車が最もよく見える湿地帯の浮き島にたった一人で佇んで、暗く霞んだ遠くの空を見詰めていた。

いつかあの空の下へ行ってしまう人なのだろう、という確信めいた予感に打ちひしがれて、声を掛ける事も出来ずにただじっと、冷たい雨に震えるあなたの背中を見詰め続けていた――。

プロローグ 赤

私の身体には棘がある――。

それは少なからず、私の人生に好ましくない影響を与えてきた。
私は生まれた瞬間から疎まれ、蔑まされ、忌み嫌われる存在。
抗おうとしても決して抗えない。

世の中は全て、多数派の意向によって成り立っているからだ。

夕飯のおかずを決める時も。生徒会長を決める時も。
国を動かす政治家を決める時も。法律を決める時も。

少数派の存在は無に帰する。
最初からいなかった事にされる。
最初から全員多数派だった事にして、常識や価値観が統一される。
それがどれだけ乱暴な事なのか、人々は皆気付かない振りをしている。

でも、多数派として取り込まれるだけまだ幸せなのかもしれない。
自分の意見や価値観を腹の奥底にぐっと押し込んで、何食わぬ顔をして紛れていれば良いのだから。
決して多数派にはなれない、私とは違うのだから。

でも、そんな私にも道はある。

しかも二つも。

一つは、私という少数派の存在を誰も知らない土地へ行く事。

そしてもう一つは――、

「儀式」をする事。

「奈々未。今年はお前がやれ」

夕飯時。
父が何の前触れもなく告げた。

隣に座る妹の飛鳥が心配そうに私の顔を見詰めてきた。
高校生になった今でも一人で食事する事を面倒臭がって、私が口に運んであげないと何も食べようとしない飛鳥。
今は彼女の好物のおかゆを口に運んでも、険しい表情でじっと私を見詰めたまま、口を開いてくれない。

飛鳥の心配を取り除くため、私は口元だけで微笑んだ。
本当はちゃんとした笑顔を見せてあげたかったけど、それはそれでわざとらしい気もするし、それより何より、瞬時に湧き上がった感情が、私の笑顔を引きつらせた。

恐怖という、偽りようのない感情が。

私には分かっていた。

きっと今年は私だろう、って。

何故なら、私はもう「卒業」すべきだからだ。

今のままでは上手く前へは進めない。一つの道がある事を知りながらいつまでも躊躇っていた私は、全てを捨ててサヨナラする事を恐れた私は、もう「儀式」しか前へ進む方法が残されていないのだ。
少数派として生まれた私が、多数派に受け入れてもらうために。
一人の誰でもないただの人間になるために。

きっと引きつり強張ったままの笑顔で、飛鳥の口におかゆを運んだけど、彼女は私の手の甲を見詰めたまま、全く食べてくれなかった。

私は、棘のある人間として生まれた。
物心ついた頃、父に直接そう知らされた。
生まれながらに少数派である事。
疎まれ、蔑まされ、忌み嫌われる存在である事。
周囲も皆私と同じだったから、私は自分がそんな存在だなんて思いもしなかった。

私の身体には棘がある。

手の甲、指の間、指の関節に、5センチから10センチほどの細く硬く鋭利な棘があるのだ。

「棘人(しじん)」と呼ばれる、圧倒的少数派に属する身体的特徴を持つ一族である。
かつては日本中に存在していたらしいけど、今では都会から遠く離れた田舎の小さな村の集落にしか存在しない。
疫病や飢饉や自然災害によって国が混乱するたびに、棘人はその原因の発端と見なされ、迫害を受け捕えられ虐殺されてきたからだ。

「棘人(しじん)」は死をもたらす「死人(しじん)」である、と。
「棘人(とげびと)」は抹殺されるべき「咎人(とがびと)」である、と。

勝手なこじつけ。
でもそれは多数派によって正しい価値観とされ、魔女狩りのように日本各地で棘人達は虐殺され、無に帰した。
歴史上、棘人達はいなかった事にされた。
一つの小さな集落を除いて。
その集落こそが、今も私達棘人の一族が暮らしている地だ。

棘はいつもあるわけではない。
心穏やかな時は、棘は体内へと引っ込んでいる。普通の人間と全く変わらず生活する事が出来る。

棘があるのは、感情が昂ぶった時だ。

例えば怒った時。
棘は瞬時に手を覆い、あからさまに攻撃の意志を示す。その手で誰かに手を挙げようものなら、私は相手に大怪我を負わせてしまう事だろう。

そして例えば、恐怖に怯えた時。
棘は誰にも触れられないように、防御の意志を示す。誰かが触れようものなら、その手は鮮血に染まる事だろう。

私達はこの手で、この棘で、集落の人間達から腫れ物に触るように距離を置かれてきた。
それでも迫害されずに生活出来るのは、この集落の人間達が棘人に対して一定の理解があるからだ。
私達棘人も、集落の人間を襲うつもりがない事を、長い年月をかけて示し続けてきた。

それが「儀式」であり、「棘刀式(しとうしき)」と呼ばれる伝統儀式だ。

今年は私が棘人の代表――。

「いやー、七瀬が男役かー」

「凄いじゃーん。今年は私選ばれると思ってたんだけどなー」

「ないないないないないないない」

いつものように部屋の出窓に腰掛けて、外の景色を眺めていると、隣の部屋から話し声が聞こえてきた。
「棘刀式」の男役に選ばれた人間の女の子と、その友人達だ。
どこか呑気で気の抜けた話し声に、心がざわつき、手の甲がうずく。

今日から一ヶ月間、棘刀式に向けての稽古が始まる。
特に難しい事をするわけではない。
男役に選ばれた人間の代表者である女の子が、棘人の代表者である私の手の棘を短刀で斬り落とすのだ。

それなのに一ヶ月も稽古をするのは、多少の演出をして棘刀式を見学に来る村人達を飽きさせないため。
棘刀式は少しでも多くの村人に見てもらわなければ意味が無いから。
棘人は無害だと、危害を加える気は無いのだと、人間でも簡単に棘を斬り落とす事が出来るのだと、理解してもらうための儀式だから。
棘人はずっと、この集落の人間の代表者に棘を切り落とされる姿を見せ続ける事で、ひっそりと生き延びてきた。

「これから西野さんと奈々未にやってもらう儀式は、かつてこの村で争っていた私達棘人と、人が、共に生きていく事を誓ったその契りを忘れぬための儀式です」

客間で男役の女の子と向かい合って座り、父から簡潔な棘刀式の説明を受けた。
西野さんと呼ばれた彼女。先程友人達からは七瀬と呼ばれていたっけ。
じっと見詰めていると、私と目が合うたびに、慌てて逃げるように目を伏せた。
丸い眼鏡の奥の瞳が怯えているように見える。
この子に男役が務まるのだろうか。

杯を交わし、まずは二人きりの契りを結んだ。

「では、握り手を」

父の言葉に促され、右手を差し出す。
西野さんは私の右手を凝視したまま、ゆっくりゆっくりと右手を差し出した。
まるでどれくらい近付くと棘が出るのかを確かめるかのように。

「奈々未!」

本当に棘が出てしまいそうになった私は手を引っ込め、部屋を飛び出した。

「お姉ちゃん?」

父の怒号と、廊下で擦れ違った飛鳥が心配する声を背中で聞いたけど、引き返す事は出来なかった。

「えー!?それで逃げてきちゃったの!?」

麻衣と沙友理が驚きの声を上げた。

「うん。怖そうにしてたから」

「そっかぁ。でもそうなるのも仕方ないよ」

と麻衣。

「そうだよー。ななみんどうせムスッとしてたんでしょー。笑顔で、お願いしまーす!って明るく言ってあげなきゃ」

と沙友理。

部屋を飛び出した私は、親友の麻衣と沙友理に遭遇し、先程あった事を報告した。
二人は私と同じ棘人であり、同い年。ずっと同じ悩みと問題を抱えながら一緒に育ってきたかけがえのない存在。
三人いつも一緒にいたため、飛鳥をはじめ、年下の棘人の女の子達からは「御三家」なんて呼ばれたりもする。

「いや、奈々未がそんな沙友理みたいになったら逆に怖いけど」

「そうかなぁ?ななみんの笑顔とっても可愛いよ?」

「ありがと。二人は?稽古どうだったの?」

二人も棘刀式にサポート役として参加するため、今日から同じくサポート役の人間の女の子達と合同で稽古を始めたそうだ。

「こっちも今日は顔合わせだけ。やっぱりずいぶん警戒されちゃってるなー、って感じかな」

と麻衣。賢くていつも冷静に物事を客観的に捉える事が出来る麻衣は、私の良き理解者だ。

「にこにこーってしてれば、向こうもにこにこーってしてくれるよ。そうじゃない人は、さゆりんごパーンチ!」

と沙友理。いつものほほんとしてにこやかな沙友理だけど、実は本心を出すのが苦手で、脆くて傷付きやすい。それだけに大勢の人間の女の子達と初めて顔を合わせる今日はこっぴどく傷付いて帰ってくるんじゃないかと心配してたけど、そうではなかったようで安心した。

「ななみんもパーンチ。ほら、ななみんパーンチ」

私の手を掴んでパンチを繰り出そうとする沙友理を笑顔で制した。

「西野さんに対して腹が立ったわけじゃないから」

「そうなの?でも、棘出そうになったんでしょ?」

「うん。期待……しちゃってたのかな」

「へー。そっか」

麻衣は全てを理解したようで、嬉しそうに笑った。

「ほえ?気体?酸素とか?」

沙友理は私と麻衣を見比べながら、何度も首を傾げていた。

そう、私は西野さんが怯えた事に怒ったわけじゃない。彼女が私との握手を躊躇ったのは当然と言えば当然の反応なのだ。
同じ集落で暮らしていても、棘人と人間は完全に生活が切り離されていて、全員が初対面。お互いに理解の足りない私達は、誤解し合っているのが当たり前の状態である。
ただ私は、西野さんに期待し過ぎてしまった。
棘刀式で私の棘を切り落としてくれる西野さん。私が害の無い人間である事を証明してくれる彼女なら、棘人以外の最初の友達になってくれるんじゃないかって。

でも現実は、棘の無い手に触れる事すら怖いんだ、って思って、棘が無い手を差し出しても友達にはなれないんだ、って思って、過度に期待してた自分自身に腹が立って、つい棘が出てしまいそうになった。
あの状況で棘を出せば、躊躇った西野さんに責任を負わせてしまう。彼女が私を怒らせたと勘違いさせてしまう。

だから私は、あの部屋から逃げるしかなかった。

翌日から始まった棘刀式の稽古は、全く思い通りに進まなかった。

私達棘人は赤、人間は青の衣装を着て、舞台の上で簡素な舞を披露してから、私は舞台の中央でひざまずき、顔の前に両手をかざす。
指は交差させず、指の間から伸びた棘だけを交差させ、その棘を西野さんが短刀でひとおもいに断つ。
という流れ。

でも、西野さんはどうしても刀を振り下ろす事が出来ずにいる。

失敗して私の指を切り落としてしまう事を恐れているのか。
私の事を恐れているのか。
私が棘を切り落とされ、人間の仲間入りをしてしまう事を恐れているのか。

それは分からない。

分からないまま、時間だけが過ぎていった。

ちなみに、私の棘が出ないのが失敗の理由ではない。
例え稽古でも、ちゃんと棘は出る。
もちろん誰かに対して怒っているわけではない。

怖いからだ。

棘を斬られた経験も、刀を振り下ろされる経験も無いうえに、相手は今まで短刀なんて触った事も無い西野さん。
怖いのが当たり前だ。
表情には出ないようにしてるけど、身体は正直で、稽古のたびにちゃんと棘は出る。

父の機嫌も日に日に悪くなっていった。
あの日、私が逃げ出した事で西野さんに恐怖心を植え付けてしまった事が原因だ、と私を毎日のように叱った。

稽古を見学に来ていた飛鳥が、同様に見学に来て動画を撮影していた人間の高校の放送部の子と言い争いになって、止めに入った西野さんに棘を突き刺してしまう、という事件も起こった。
私がすぐに止めに入るべきだったのに、日々の稽古で少し気が滅入っていた私は、咄嗟に身体を動かす事が出来なかった。
飛鳥は人間が私達棘人を興味本位で撮影してたのが我慢ならなかったんだろうけど、だとしたら尚更西野さんではなく私が止めに入るべきだった。

雰囲気は最悪だった。

今年の棘刀式は中止になるのではないか、という噂まで広がり始めた。

その日の午後、更に空気を重くするように雨が降ってきて、稽古はお開きになった。
麻衣や沙友理と連れ立って帰ろうとすると、西野さんが木の下で雨宿りをしながら本を読んでいた。

何か言わなきゃ、声を掛けなきゃ、と思ったものの勇気が出ず、私はそっと、彼女の上から絆創膏を落として立ち去ろうとした。

「あ、あの……」

彼女に呼び止められた。
彼女と会話をするのは、この時が初めてだった。

「あの、これ、ありがとう」

「……うん」

「あ、あの、さ。いつもどんな本読んでるの?」

見ると、彼女は手に一冊の本を持っていた。

「これ、私がいつも読んでる本……なんだけど、あの、良かったら交換しない?」

差し出された本は青い表紙。人間が読む本だ。
私達棘人が読む本は赤い表紙で、そういう点でも明確に棘人と人間とは区別されているわけだけど、彼女はどうしても棘人が読む赤い表紙の本を読んでみたいのだと言う。

やはり彼女は私達棘人の事をよく知らないのだろう。
私達が、人間の本を読む事を禁じられている事も。
でも彼女は彼女なりに、もっと棘人を理解したい、と思っての行動なのだと思う。
私も人間が読む本に少し興味があったので、「いいよ」と返事した。

彼女は今まで一度も見せなかった笑顔になり、「棘人とネコ」という本を手渡してきた。

早速家に帰って読み始めた私は、棘刀式の稽古が上手くいかない理由が分かったような気がした。
その本は、かつて日本中に存在していたとされ、現代では絶滅してしまった棘人の特徴を伝える内容で、その時点で誤った内容なんだけど、読めば読むほど更に酷い内容の本だったからだ。

棘人は全ての災厄をもたらし、近付く者を見境なく棘で傷付ける存在である、と。
人間に恨みを持ったネコが化けた妖怪、という説明までされていた。
かつて日本中で棘人が虐殺された頃に広まった逸話をまとめた内容だ。
当時の多数派が創り出した、誤った常識。

こんな本が今でも残っていたなんて。

どうやって手に入れたのかは知らないけど、この本を西野さんが読んだのなら、私を恐れて刀を振り下ろせないのもうなずける。
彼女は、私達の事を知らなかったんじゃない。知らなくてもいい誤った事まで知り過ぎてしまったんだ。

どうにかして誤解を解かなければ。
そんな想いに支配されながらつい居間で読み耽っていると、父が帰ってきて、目ざとく私の読む本を発見し、取り上げた。

「何故人間の本を読んでいるんだ」

私が黙っていると、更に父は言葉を続けた。

「こんな本を読んでいるから上手くいかないんだ!一度も成功してないじゃないか!」

「読まないから上手くいかないんじゃないの?もっとお互いに理解し合うべきなんじゃないの?」

「うるさい!一族の掟を破るな!」

私の反論に激高した父は、本を床に叩き付けた。
いてもたってもいられなくなった私が部屋から出ようとすると、腕を掴まれた。
必死に抵抗して振り払い、冷たい雨が降る外へと飛び出した。

空気を、雨を、掟もしきたりも過去の逸話も何もかも全部を切り裂くように足早に歩くと、私はまたいつものあの場所へと辿り着いていた。

月に一度、帝都行きの汽車が通る湿地帯の浮き島に。
今日はちょうどその日だ。

しばらく佇んでいると遠くから汽笛が聞こえ、次第に車輪と線路の繋ぎ目が一定のリズムで奏でる轟音が近付いてきた。
雨なのか何なのか分からない液体が頬を伝う中、私の憧憬だけを乗せて走り去る汽車を、音が聞こえなくなるまでずっと眺め続けていた。

稽古では一度も成功しないまま、ついに棘刀式の当日を迎えた。

赤い衣装を身に纏い、幾何学模様に細かい切り込みを入れた紙で顔を覆った。稽古の時は使ってなかったけど、多くの観客がいる本番では棘人の代表者は顔を隠す事になっている。
儀式の神秘性と神聖性を増すための演出という名目になってるけど、実際には私へのせめてもの配慮という事だ。

棘を斬られるのは怖い。

紙で顔を覆っていれば、その瞬間の表情を誰にも見せずに済む。

赤と青の衣装を身に纏った大勢のサポート役を後ろに携え、簡素な舞を披露した後、舞台の中央にひざまずき、棘に覆われた手を顔の前にかざした。
舞台の下、観客の輪の最前列から、青の衣装を身に纏い、短刀を構えた西野さんが舞台に上がってくる。

顔を覆う紙の小さな切れ込みの隙間から捉えた表情は妙に落ち着いていて、普段の西野さんの不安に押し潰されそうな表情とは全く違って見えた。

一歩、また一歩、西野さんが私へと近付く。短刀が月光を反射し、きらりと光った。

今日こそは斬ってくれる――。

半信半疑だった私も腹を括り、目を閉じてその時を待った。

しゅっ。

と、空気を切り裂く音が聞こえ、全身に力が入り、身体がこわばった。
でも、手には何の衝撃も伝わってこない。

目を開けると、切っ先は私の棘の直前で静止していた。

やっぱり斬れなかった――と思った刹那。

からん。

と、西野さんが短刀を横へと放り捨てた。
そのまま何も持たない手で、私の顔を覆う紙をそっと外した。

拓けた視界が捉えたのは、とても綺麗な清々しい笑顔だった。

西野さんは手早く紙飛行機を折り、舞台の下の客席に向かって飛ばした。
飛行機は客席を飛び越え、あっと言う間に見えなくなった。
一直線に空気を切り裂くその姿はまるで、帝都行きの汽車のようだった。

「行こう」

棘だらけの私の手を躊躇う事無く掴んだ笑顔の西野さんは、私を引っ張って、舞台の下へと連れていってくれた。

私は彼女が示したかった意図を理解した。

舞台の上で多くの人に全てをさらけ出さなくたって良いんだ、と。
棘があっても、少数派でも、普通の人間として生活していけるんだ、と。
どんな私でも、きっと受け入れてくれる人がいるんだ、と。
多数派の世界に跳び込む事を躊躇わないで、恐れないで、と。

観客の輪の中で手と手を取り合って笑顔で見詰め合う私と西野さんを追うように、サポート役の皆も手と手を取り合って舞台から下りてきた。
笑顔で踊ったり跳びはねたり、私達はずっと一つのグループだったかのように一つにまとまり、笑顔で大いにはしゃいだ。

棘人と人間が、本当に共に生きていく事を決意した瞬間だった。

「あの……な、奈々……未、さん」

大盛り上がりのお祭り状態の喧噪の中、西野さんが話し掛けてきた。

「何?奈々未で良いよ」

「うん。奈々未は帝都へ行きたいの?」

帝都。
そこへ行けば全てが変わると思っていた。
帝都には色々な人々が集まってきて、人種の垣根なく共に生活している、と本で読んだのだ。
その日から私は、棘人でも受け入れてもらえる地と信じ込み、帝都に行く日を夢見た。
でも、全てを捨てる勇気がなかった私は、サヨナラを躊躇った私は、帝都行きの汽車を浮き島から眺めるだけで、実際に乗る事は出来なかった。

「……どうして?」

「ううん。何となくそんな気がしたから」

「……そう」

そっか。
西野さんも私と交換した本を本当に読んだんだ。
あの時交換した本「棘人と人」の中に、私が夢見た帝都の記述がある。
人間の背丈よりもうんと高い帝都タワーの前で、手と手を取り合い共生する人達の挿絵とともに。

西野さんは、私の本当の願いを理解してくれたんだ。

エピローグ 赤

棘刀式が終わってから、私達の生活は一変した。
棘人の集落と人間の集落に区切られていた村は次第にその垣根が無くなり、交流する機会が増え始めた。

棘刀式に参加した私達は皆、誰が棘人で誰が人間なのか分からなくなるくらい親しくなった。
棘人でも人間でもない、友達。
仲間になったのだ。
多数派になる事を、もう恐れなくても良いのだ。

生まれた時からコンプレックスになっていた棘はまだ身体に持っているけど、私達はもう、棘がある身体でくよくよ悩んだりしない。
少数派である事を恥じたりしない。

心を覆い尽くしていた棘はもう一本もないんだ。

そう、一本もない……はずなんだけど……。

剥き出しになった私の心に、新たな棘が刺さった。

何故なら、私は帝都行きの汽車に乗っているからだ。

多くの仲間がいる居心地の良い村を捨て、捨てきれなかった憧れの地へ。

そう決意した時、私の心に棘が刺さってしまった。

それは仲間を残して旅立つ事に対する心残りの棘。
皆を思い返すたび、心が痛み、切なくなる。

でもこの棘は、弱くて勇気が出なかった私の背中を押してくれる。

そんな「やさしい棘」を心にずっと刺したまま、私は新たな多数派の地へ向かおうと思う。

エピローグ 青

今、確かにあなたは笑っていた――。

冷たい雨に震えるあなたの背中を眺め続けたあの日から、いつかこの日が来ると分かっていた。
あなたの笑顔がただの幻覚に変わってしまう日の事を。

でも、昨日も奈々未はいつもと同じ様子で、皆と笑って話していたから、今日もいつもの出窓に腰掛けて、私を笑顔で出迎えてくれると思っていた。

突然だったのは、彼女なりの気遣いなのかもしれない。
皆の悲しむ顔を見たくなかったのかもしれない。

何度手を取り合っても奈々未の棘は一度も私に刺さらなかったけど、奈々未がいなくなった事実が、私の心に棘を刺した。

こうなる事が分かっていたのに、あなたに会って抱き締めて、失いたくない、って言えなかった。
ずっと一緒にいて、って言えなかった。
でも、奈々未がいなくなった事実は、私を誇らしくもさせる。
奈々未にちゃんと決断させてあげられた事。
こんなに勇気のある決断が出来る奈々未と、私達は仲間だった事。

とても悲しいけど、同じくらい嬉しい。

そんなやさしい棘が心に刺さっている限り、きっと私達は一生奈々未の事を思い出す。

サヨナラを通過点にして、後ろを振り向かず、強くなろう。

いつかどこかでばったり会った時、またすぐ笑顔になれるように。

明日からまた、新しい一日が始まる。
風を着替えて、次の一歩を踏み出そう。

終わり

電子書籍を出版してます。

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