【無料小説】 だから俺はクリスマスが嫌いなんだ 恋愛小説

だから俺はクリスマスが嫌いなんだ:12月22日その6

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食事時に見せるアンナの珍獣っぷりを説明するはずが、話がすっかり有耶無耶、メチャクチャになってしまった。
でもそれは仕方のない事だ。
それくらいアンナはメチャクチャなのである。
とにかく先述した通り、アンナは何を食べても初めてのようなリアクションをするし、とにかくよく食べる。
カップ麺だって、結局2個もおかわりしたくらいだ。
一度の食事で醤油味と塩味と味噌味と豚骨味を網羅するなんて、ラーメン研究家でも出来ない偉業だろう。
最後まで全部フーフーした俺の偉業も誰かに分かってもらいたいものである。

食事の後には、更なる事件も発生した。
まずは風呂だ。
ユニットバスなので一般家庭の風呂とはまた違うだろうが、若い女性が誰も使ってない一番風呂を好むのか、それとも自分が入った後に誰かに使われたくないと思って後にするのか、そんな事すらさっぱり分からない俺は、本人に直接訊く事にした。

「なぁ、アンナは風呂は先と後、どっちが良い?」

「お風呂?お風呂入るの?」

「そりゃ入るって!独身男性にどんな偏見があるんだ」

「そうじゃないけど、よく分かんなくて」

男の事がか?まさか風呂が分からない……という事はあるまい。
アンナは見た目も凄く綺麗だし、抱き締められた時、何だか説明のつかない良いにおいがしたし。

「とにかく、先か後か、好きな方を選んでくれ」

俺の部屋だというのに、ちゃんと2択にした優しさを自画自賛したいくらいだ。

「一緒に入ろ?」

「はぁっ!?なななな、何だって!?」

「一緒に入る」

「提案から決定になっちゃってるって!そんなの出来るわけないだろ!」

すると、上目遣いになり、俺を睨み付けた。

「好きな方を選べ、って言ったのに!」

「3択じゃなかったじゃないか!いいい、一緒にだなんて、恥ずかしくないのか!?」

「恥ずかしいの?」

「そ、そりゃまぁ……」

何で男の俺の方が恥ずかしがってるんだよ。
すると、アンナは真剣な顔で俺に詰め寄ってきた。

「お風呂で死ぬ人っている?」

死ぬ人なんて……と一瞬返事しそうになったが、恐らく毎年たくさんいるだろう。
しかも冬場は脱衣所と浴室の温度差が激しく、その変化に身体が耐え切れない人も多いと聞く。
何を隠そう、俺の祖父も昔、冬場の風呂場で亡くなったらしい。
詳しい事は知らないが、もし高血圧や心臓病などが遺伝するとしたら、俺も冬場の入浴には気をつけるべき体質のはずである。
それでも俺の部屋の脱衣所兼洗面所兼ユニットバスには暖房機器なんて無いし、わざわざお湯を張らずにシャワーで済ますような、いかにも身体に悪い入浴法で一年中済ませてしまっている。

「し、死ぬ人は多いけど……でも……」

「一緒に入る。ちゃんと見てなくちゃ」

綱引きの達人のように俺の腕を引っ張って後ろに体重をかけ、部屋から出ようとし始めた。

「良いって!ちゃんとシャワーの湯気とかで脱衣所を温めとけば大丈夫だから!」

「そうなの?」

「うん。そうそう。温めておけば死なない」

「本当に?」

「死なない!」

こんな言葉を一日に2回も叫ぶような経験をするなんて、全く考えた事も無かった。
アンナは納得してくれたようだが、どうやら無駄な光熱費を使用するハメになったらしい。
別に節約してるわけではないが、浴びもしないお湯を数分間流し続けるってどんなセレブだよ、全く。
風呂場にはあまり良い思い出もないし、なるべく長い時間いたくない空間だったりするのだが。

さて、というわけで、なし崩し的に俺が先に入浴する事になり、ようやく湯船で一息ついた。
ただシャワーのお湯を出しっ放しにするのも勿体無いので、そのまま湯船に溜めておいたのである。
こうして湯船にお湯を張るのは一人暮らし以降初めてだし、人生においても記憶に無いくらい久し振りの事である。
気分を落ち着けたい時はこうして温かい湯船に入るのも悪くないかもしれないな。

それにしてもアンナ、何はともあれアンナ、とにもかくにもアンナである。
頭の中はアンナ以外何も思い浮かばないくらい支配されている。
一体何者なんだ。
カップ麺も知らないし、むせ返っただけで泣きそうになるほど心配するし、風呂の事もよく知らないっぽいし。

でも今までの様子から推測するに、きっと家族とか大切な人を若くして亡くしてるんだろうなぁ。
細かい事も大きな事も気にしないタイプに見えるアンナが、異常なまでに気にする事もあるのはもう把握している。

人の死だ。

更に細かく分析すると、とりわけ近しい人の死に対して物凄い恐怖心があるようだ。
俺は別に近くも何とも無い、今日出会ったばかりの他人なのだが……。
なのだが……。
こんな俺なんかが死なないように全身全霊で心配してくれるのが、何だかくすぐったい。
まぁ異常に過剰過ぎて疲れるという欠点もあるにはあるが。
でも、俺って生きてるんだなぁ、と、改めて再確認してしまった。
代わり映えしない日常に染まりきってしまうと、それが今後も終わる事無くダラダラとずっと続くような気がしてしまうものだ。
でも、ラーメンが喉に詰まったり、風呂場で心筋梗塞になったり、実はいつどんなきっかけで命を落とすか分からないのだ。
アンナのおかげで、そんな当たり前過ぎて忘れてしまいそうな事を思い出し……、

ガチャッ。

え……?

バタン。
シャッ。

「ええっ!?」

突然ドアが開いた音がしたと思ったら、それに釣られるようにユニットバスのカーテンまで開いてしまった!
と、ドアとカーテンに連動性など決してあり得ない。
もしそうなら欠陥住宅も甚だしい事態である。
当然誰かがカーテンを開けたのだ。
先程までカーテンがあった場所には、それを行った犯人が仁王立ちして俺を見下ろしている。
物凄く険しい表情を見て、何故か少し怖気づいた。
丸腰どころか丸裸のため、慌てて両手で股間を隠した。

「まどっち!長いよ!」

「わ、悪い。つい気持ち良くて。そんなに風呂に入りたかったならやっぱり先に入れば良かったのに」

「死んだかと思ったでしょ!」

「……え」

アンナはしゃがんで俺と同じ顔の高さになると、両手で俺の顔を挟み付けた。
お湯に浸かってしっかり身体が温まったはずなのに、俺の顔よりもアンナの手の方が温かい。
真っ青な瞳は何かを確認するように俺の目を真っ直ぐ見詰めている。

「大丈夫?体調は?」

「いや、その、温まったし、疲れも取れたし、絶好調だぞ」

「死なない?」

「死なない!」

ユニットバスに俺の声が反響した。
まさか一日に3回もこの言葉を、以下省略である。

続く

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