【無料小説】 だから俺はクリスマスが嫌いなんだ 恋愛小説

だから俺はクリスマスが嫌いなんだ:12月22日その7

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アンナをユニットバス兼洗面所から追い出し、身体を拭いて服を着て、部屋に戻った。
アンナはテーブルの前にちょこんと座っている。
俺もバスタオルで髪を拭きながら、正面に座った。

「アンナも入っちゃえば?良い湯だったぞ」

とはいえ、当然俺が入ったお湯は全て抜いて、今はアンナのために新たなお湯を溜めているところである。
シャンプーやボディーソープの泡も湯船で流さなければならず、人が替わればその都度お湯も入れ替えるのがユニットバスの不便な点だ。
誰かが同じ部屋にいる事なんて全く想定しなかったので、今まで考えた事もなかった。

「メーカーにこだわりがないなら、シャンプーとかも好きに使っちゃって良いから」

「まどっちみたいにお湯の中に入れば良いの?」

「……まさか、ユニットバスは初めてか?」

「うん」

「そ、そっか。とにかく頭を洗うのも身体を洗うのも、全て湯船の中でするんだ。そして最後に全部流して終わり。一般的な風呂と違うのはそれくらいだぞ」

「うーん」

「まだ何か分からないか?」

「とにかくやってみる」

すると、アンナは勢いよく立ち上がり、突然スカートをまくり上げた!
ただでさえ小さかった赤い布の面積が瞬時に肌色に浸食され、おぼろげだった身体のラインがくっきりとした曲線美に変化。

「ぬわっ!?何してんだ!?」

慌てて目を逸らす俺。

「何って、裸でしょ?」

「ここで脱ぐな!脱衣所で脱げ!」

「どこでも別に変らないよ」

「全然違うだろ!とにかく早く脱衣所へ!」

「はーい」

「ふー。全く……ひえっ!?」

この場で服を脱ぐのをやめ、ちゃんと脱衣所へ向かっただろうと予想して、アンナの後姿を確認するために視線を上げると、どういうわけかアンナは予想とは真逆、俺の目の前で完全に服を脱ぎ捨てた状態になっていた。
いわゆる全裸である。

再び慌てて視線を逸らした。

「何で脱ぐんだよ!早く行けって!」

「あはは。何で床と話してるの?」

「見たらマズイだろ!とにかく早く!」

「変なの。それじゃまたね」

ペタペタと、アンナが歩く音が聞こえてきた。
そうか、迂闊だった。
さっきは足音を確認せずに見てしまった。

見てはいけない、と思いつつ、つい視線を向けると、脱衣所兼ユニットバスへと入っていく全裸のアンナの斜め後ろ姿が見えた。
先程一瞬だけ、思い切り正面から見てしまった光景の記憶が甦る。

何という……綺麗な身体をしているのだろう。
そう、綺麗な身体なのである。
絵に描いたような。
彫刻のような。
芸術的な裸体。
下卑た感情や、性欲が湧き上がったりする事も無く、俺はただただ安心していた。

心の片隅で、俺はずっとアンナの事を心配していた。
誰かに無闇に暴力を振るわれたり、力で抑えつけられるような生活をしてきたのではないかと。
何しろアンナは世の中の事を知らな過ぎる。
世の中の常識や人権や法律の事などを何も教育されないまま、奴隷や奉公のような生活をしてきたのではないかと。
どのような生活水準だったのかが明らかになったわけではないが、少なくとも身体を傷付けられるような環境ではなかったようだ。

ざざー。
ちゃぽーん。

アンナが発生させる音が微かに聞こえてきた。
いかんいかん、今のうちに着替えを準備してやらなければ。
何しろアンナは替えの下着を一枚も持ってない……、

ん?
替えの下着?

ふと、先程の光景が再び甦った。
スカートをまくり上げた時、おまけに目の前で服を脱いでしまっていた時、アンナは何も着てなかった気がする。
目の前に脱ぎ捨てられた、まだ温かいサンタのコスチュームを手に取り、辺りを見る。
どこにもパンティーが見当たらない。
ブラジャーはしてないと言っていたから、そこはまぁ宣言通りなわけだが、パンティーも履いてなかったとまでは聞いてない。
聞いてないし、そんな事は考えもしなかった。
あろう事か、先程は目の前に座って黒い三角地帯を凝視してしまった。
ま、まぁ何も見えなかったのでそこは許してもらうしかない。
とにかく、替えの下着どころか、替えるべき【最初の下着】すら持ってなかったなんて。

……。
…………。

先程引っ込んだ心配が再び顔を出した。
この真冬に、あんなミニスカートのサンタコスだけで、下着も何もつけずにやって来たアンナ。
【神様】とやらは一体アンナにどんな生活をさせているんだ。

ざばー。

嫌な予感がする。
もしかして【神様】とやらは、まさに神のように、人の命を命とも思わず、軽々しく自在に扱うような存在なのではないか?
要するに人身売買のブローカーのような。
可愛くて、どこをどう見積もっても将来美人になるのが確実なアンナのような逸材を高い値段で、性欲を持て余した金持ちのジジイに売りつけたり……。
先方に何か不都合があって、数日間引き渡しの時間が遅れて、何かの手違いでこの部屋に……、
くそっ。
考えただけで気分が悪くなってきた。

ぴちゃぴちゃ。

そんな事、絶対に許されない。
アンナのような存在が誰からも守ってもらえず、ただ穢される事がまかり通るような世の中なら、もう人間なんて一人残らず滅びてしまった方が良い。
もしアンナの身に危険が及ぶようなら、俺が何としてでも阻止してやる。
俺には何の力も無いが、警察に通報するなり、ネットを使って情報を拡散するなり……、

ちょんちょん。

ん?誰だ、肩をつんつんするのは。
俺は今重要な事を考えてる最中……?

「なっ!?アンナ!何があったんだそれは!?」

目の前には再び全裸のアンナが。
もとい、もう少し詳細を加える必要がある。
全身濡れたまま、頭や身体のところどころが泡まみれの全裸のアンナが立っている!

「入って、洗って、出てきたよー」

「ちゃんと流せ!アメリカの子供の洗濯機のあれか!お前は!」

「洗濯機?」

「とにかく、風呂場に戻って!」

俺は自分の肩にかけていたバスタオルを慌ててアンナに巻き付け、走り終えたマラソンランナーを補助して安全な場所へ移動させる係員のようにアンナを後ろから抱き締めてユニットバスへと連れて行った。
ちなみに【洗濯機のあれ】とは、【両親の留守中に子供が洗濯機に洗剤を大量に入れたまま洗濯してしまい、家の中が泡だらけになるという、アメリカの面白ホームビデオでよく見る子供みたいなヤツかお前は】というツッコミを言おうとしただけである。
慌てていたうえに、ツッコミの言葉としては長過ぎたために失敗しただけだ。
生まれてこの方、例えツッコミなんてした事が無いのだから仕方がない。

それはさておき。

アンナを湯船に座らせ、シャワーで全身を流してやった。
流していて気付いたが、なんと銀髪はウィッグではなく、地毛のようである。
全ての泡が流れて、もうすっかり彫刻のような裸体が完全にお目見えしてしまっているが、それどころではない。
俺は一人っ子だし、独身なのでよく分からないが、きっと妹とか娘を風呂に入れてやってるような感情なのだろう。

「ちょっとタオルと着替えを持ってくるから、そこでそのまま待っててくれ」

と告げると、アンナは様子を窺うような上目遣いで、湯船で小さく体育座りをしたまま俺を見詰めてきた。

「怒った?」

「怒ってない。驚いただけだ」

「だから一緒に入る、って言ったのに」

おいおい、この騒動は俺に責任があるのか?
いくらなんでももう一緒に入るような年頃じゃないし。
って、アンナは実際には妹でも娘でもないんだし、年齢の問題ではなく最初から一緒に入るわけがない!

ユニットバスを出ると、アンナの足の形に濡れた足あとがしっかりいくつも残っているのが目に入った。
まぁ良い、ただのお湯なだけまだマシだ。
一人暮らしだから大掃除なんてしてないし、久し振りに床を拭き掃除する良いきっかけになったではないか。

タオルと着替えを持ってユニットバスへ戻り、座ったままだったアンナに声を掛けた。

「ちゃんと拭いて、これを着て出てくるんだぞ」

「拭いてー」

やはりそう来たか。
多少は期待……もとい、予感していたが、これだけはマズイ。
他人の関係の範疇を走り幅跳びの世界記録くらい跳び越えちゃってる行為だろう。

「ダメ。俺はアンナが着替えてるうちに床掃除するから、一人でやってくれ」

「うー」

努めて冷静に、毅然とした態度でユニットバスを後にした。
さて、雑巾はどこにしまってあったっけ。
確かキッチンの収納棚のどこかに……、

「はっ!?」

「わぁっ!」

背後に人の気配を感じ、咄嗟に振り向くと、すぐ後ろにいたアンナが悲鳴を上げた。

「何でついてくるんだ!?」

「拭いて」

ぐぬぬ、どうしてそんな恥ずかしい事を何の躊躇もなくお願い出来るんだこいつは。
もう仕方がない。
裸でウロチョロして風邪を引かれたらたまらん。
観念してユニットバスに戻り、バスタオルで身体を拭き始めた。
もちろんバスタオルは折り畳んだままの状態である。
アンナもその異変に気付いたようで、

「広げないの?」

と質問してきた。
広げちゃったら、バスタオルの布一枚越しに身体の感触を感じちゃうじゃないか。
折り畳んだままなら、アンナの身体の柔らかさを感じる事は無い。
ほとんど全裸の状態を見る事を取るか、身体中の感触を確認してしまうような状況を取るか、究極の選択に近いが、アンナのためにはこうするのが賢明だ。
汚い男に穢されたくないと願った俺が率先して劣情にまみれたら、俺は大切な何かを失ってしまいそうな気がする。

少し時間は掛かったが、無事に身体を拭き終え、ボクサーパンツとTシャツを着せた。

「何なら上着も俺の服にするか?」

と訊くと、

「ううん、同じで良い」

と、またサンタコスを着込んだ。
サンタが物凄く好きらしい。
子供の頃にプレゼントでも貰って、その思い出を大切にしているのかもしれない。

その後はアンナにも雑巾を渡して床掃除を手伝わせ、ようやく激動の一日も終わりに近付いているようである。

ところが、全く予想通りにはいかない珍獣のアンナは、まだまだ一筋縄ではいかなかった。

「アンナはベッドを使ってくれ。俺は絨毯の上にでも寝るから」

そう、一人暮らしなうえに、客人が来る事などを全く想定しないまま生活してた俺の部屋には、予備の布団などは一枚も無いのである。
重ね着して、更にコートやダウンジャケットなどを着込んで、床で寝るしかない。
普段寝る時は消すようにしているが、一応エアコンもあるし、加湿器もあるし、恐らく風邪を引いたりはしないだろう。

「一緒に寝よ?」

「大事な決心をしてる時に、揺らぐような事を言わないでくれ!っていうか、寝れるわけないじゃないか」

「でも寒そうだよ」

「大丈夫。その代わりエアコンはこのままにしておいてくれ。点けっ放しだといかにも乾燥しちゃいそうだけど、加湿器もあるから、朝起きて喉がからっからになって風邪を引く、って事にはならないだろうから」

「死なない?」

「死なない!」

まさか4回……以下略。
何だか既に恒例のやり取りのような気がする。
という事は……この後アンナが言う言葉は……。

「やっぱり一緒に寝る」

当然こうなる。

「だから提案が決定になってるじゃないか……という事は、今回も逆らっても無駄なのか……?」

「何か言った?」

「いや、分かったよ。一緒に寝ないと、アンナも床で寝るとか言い出すつもりだろ?」

「あはは!すごーい!どうして分かったの?」

「まぁ何となくな。とにかくもう寝よう」

「うん!寝よう寝よう!」

風呂の時は否決されただけに、俺が了承したのが余程嬉しかったらしく、アンナは素早く壁側へと移動し、今まで自分がいた場所をパンパンと叩いて俺に促してきた。
俺は観念してダウンジャケットとコートを脱ぎ、エアコンを切り、部屋の電灯を薄橙色の豆電球に切り替え、隣に身体を滑り込ませた。
俺のベッドなのに、いつも寝てる布団なのに、物凄く居心地、寝心地が悪い。
指先一つ動かしてはいけないような気がするし、呼吸音すら聞かせてはいけないような気もする。
帰宅時にアンナを起こすまいと神経をすり減らした状況にまた陥ってしまった。
意識しないようにと思えば思うほど、視界の端にいるアンナの存在が途轍もなく大きくなる。
このままでは緊張して寝るどころではないので、思い切って話し掛ける事にした。

「なぁ」

声を出した瞬間に後悔した。
ベッドが俺の声の振動を伝えているかのように全身に響いて、アンナにまで伝わってしまったのではないか、と思った。

「何?」

アンナの声もやけに大きく聞こえる。
それはそうだ。
なるべく天井しか見ないようにしてるから正確な距離が分からないが、シングルベッドに二人で寝そべっているんだし、アンナが物凄く近くにいるのは疑いようのない事実である。
しかも視界の端でぼんやり捉えている情報によると、アンナは俺の方を向いているらしい。

「どうして俺なんかをそんな信頼するんだよ」

「信頼って?」

「今日初めて会った異性と、一緒の布団でなんて寝ないだろ」

「そうなの?本当にその辺は成績悪いからさー」

だから何の授業で習うんだよこれは。
俺だって習ってねーぞ!

「そんな無防備だと、突然襲ってくる男とかだってたくさんいるんだぞ」

「へー。まどっちは襲わないの?」

「おっ、俺は……アンナが嫌がるような事はしたくない」

「私が嫌がる事?何だろう?」

呑気な声。
全くこいつはつくづく……よく分からない……。
男が襲い掛かるという話をしたばかりだし、当然そういう意味で言ったに決まってるじゃないか。
それとも、俺が襲い掛かっても嫌じゃないって言いたいのか?
いや……そんなわけがない……今まで全く女性に縁の無かった俺だ。
縁も無かったし、良い思い出も無かった。
女性との間に甘い話や上手い話なんて無い事くらい分かっている。
中にはそういう話が引っ切り無しにやってくる恵まれた男もいるだろうが、俺は生まれつき女運が無いのだ。
生まれた時から女に裏切られるような人生に仕立て上げたのは、誰あろう、実の母親なのだから。

「とにかく、もうちょっと警戒心を持つようにしないと……」

すーすー。

深い呼吸音。
もしや、と思い、何とか目だけでアンナを見ようとするが、限界まで目を移動させてもよく分からない。
ゆっくりゆっくり、少しずつ首を横に向け、ようやくしっかりとアンナの顔を見た。
既に眠っている。
変なヤツ。
こんなに早く寝やがって。
天使みたいに安らかな顔をしやがって。
何度も言うが、俺達は初対面なんだぞ?
緊張とか、不安とか、恐怖とか、そういうのが普通はあるはずなのに。
これじゃ、本当に俺の事を信頼してるみたいじゃないか。

俺が襲ったら一体どうするつもりなんだ。
流石に死ぬ気で抵抗するだろうし、悲鳴も上げるだろうし、一気に信頼も失うだろう。
でも、待てよ。
アンナは俺に裸を見られる事にも全く抵抗が無いみたいだし、濡れた身体を俺に拭かせたし、距離を詰めてどんどん近付いてくる。
これは全て、アンナから始まったアクションだ。
逆に俺がアクションを起こしたらどうなるのだろうか。
そろそろ首も痛くなってきたので、ゆっくりゆっくり身体を横に向けていく。
アンナの定期的な呼吸音が乱れたりしないか、注意深く観察しながら、ゆっくりゆっくり。
ようやく身体を横に向ける事に成功し、布団の中でアンナと向かい合う体制になった。
しかし、やはりこれ以上近付くわけにはいかない。
ここから先は立ち入り禁止区域、踏み越えたら国境警備隊に打ち殺されるはずである。
俺の身勝手な思い込みで、欲望で触れたり出来ない。
それくらい、この世の全ての穢れを浄化してしまうくらい、アンナの寝顔は安らか過ぎるのだ。

よこしまな気持ちが一気に消え失せ、何だか急激に眠くなってきた。

「おやすみ」

内緒話のように息だけで告げて目を閉じた。
アンナからの返事は無かった。

続く

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