【無料小説】 だから俺はクリスマスが嫌いなんだ 恋愛小説

だから俺はクリスマスが嫌いなんだ:12月23日その1

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「それではまた3学期に会いましょう。起立。礼!」

礼なんてせずに、足早に教室を後にする。
2学期が終わった今日は12月24日。
クリスマスイブ。
そんなものは目に入れないように、耳に入れないように、家に帰る。
皆が話してるのは、新しいゲームとか、欲しかったおもちゃとか、豪勢な料理とか、クリスマスケーキとか、クリスマスツリーとか、去年はサンタが家に来たとか、そんな話。

「杉山は?」

なんて誰からも訊かれないように、誰よりも早く教室から出て、幸せから逃げるように家へ帰る。
恐らくクリスマスの話題の後に繰り広げられているはずの、冬休みの予定の話も誰ともしない。
だから俺は、冬休みに誰とも遊んだ事が無い。

まだ誰も歩いてない学校からの帰り道を進み、家の引き戸の玄関に鍵を差し込む。

「ん?開いてる?」

玄関をガラッと開ける。

「あっ!」

玄関に赤いハイヒールが不揃いに脱ぎ捨てられている。

「お母さん?」

声を出すが、返事はない。

「お母さーん?ただいまー」

靴を脱ぎ、家の中に入る。
ダイニングキッチン、なんて洋風の呼び名は似つかわしくない台所兼食事場を覗く。
誰もいない。

「お母さーん?いないの?」

両親の部屋のふすまを開ける。
誰もいない。

ガシャーン!

俺の部屋の方角から何か物音が聞こえた。
慌てて向かうと、そこにはうずくまるようにして床に這いつくばる母がいた。
床には、粉々になった俺の貯金箱が散らばっている。

「お、母さ……ん?なっ、何してるの!?」

母の手には小さく折り畳まれた千円札の束が握られている。
咄嗟に手を伸ばすと、思い切り頬を張られた。
痛くて怖くて、何も言えずに床に倒れていると、母は全てのお金を拾って、何も言わずに家から出ていった。
どすどすどす、と、怒ったような足音と、引き戸のガラスが割れそうなほどに思い切り玄関を閉める音だけが耳に響いていた。

呼吸を落ち着けて床を見ると、1円玉1枚すら見逃さずに無くなっている。
残っているのは、粉々になった貯金箱。
くちばしからお金を食べさせるようにして投入するペリカンの形の貯金箱。
美術の時間に紙粘土で形を作って、絵の具で綺麗に色を塗った、俺の自作の貯金箱。
出来を先生に褒められて、地区の美術展に出展してくれて、佳作に選ばれた、俺の人生で唯一人から評価された、初めて人から褒められた貯金箱。
どうしても捨てられなくて、破片を全て集めて、近所のコンビニのビニール袋に入れた。

まだ子供のため、その精神状態を表す適切な言葉は知らないが、心は強烈な絶望と虚無感に押し潰されそうになっている。
いけない、と本能的に自制しつつ、それでも抑え切れずに湧き上がる憎悪とともに。
壊されたのは貯金箱ではなく、心の方だ。
全身の力が抜け、そのまま体育座りになって膝を抱え、顔を埋めてさめざめと泣いた。

うっ、うっ、うっ……、

「まどっち?」

ううううううう……、

「まどっち?まどっち?」

うるさいな、誰なんだ、ここは俺の部屋なのに。

「まどっち!大丈夫!?」

徐々に聞こえる声が大きくなり、肩を揺すられ始めた。
誰だ一体、俺の事をまどっちなんて呼び方をするヤツは……えーと、一人だけいたような……え?

目を開ける。
目の前に、泣きそうな顔をした銀髪の女の人がいる。
えーと、この人は……、

「アンナ!?」

「まどっち!大丈夫!?起きて!」

言いながら思い切り肩を揺すってきた。
脳が揺れて状況がよく把握出来ない。

「お、お、起きた!起きた!起きたよ!」

「大丈夫!?」

「な、何が?」

よく分からない。
お母さんはどこへ?
手に持っていたビニール袋は?

「ずっと苦しそうな声出してたから死んじゃうのかと思った」

「お、俺が?」

「うん」

いつの間にか俺は仰向けに横たわっていて、アンナが覆いかぶさるようにして俺の両肩を掴んでいる。
ああ、なるほど、夢か――。

「ごめん、夢を観てただけだ。別に苦しくないから大丈夫」

「死なない?」

「死なない!」

まさか寝起きにこんな言葉を叫ぶ事になるとは……。
夢で死ぬ人がいたら世界的な大事件だろうに、全く。
っていうか、何だって今頃になって母の夢を……しかも泣いてただって?
くそっ。
きっとクリスマスが近いからこんな夢を観るんだ。
だから俺はクリスマスが嫌いなんだ。

肩を押さえ付けていたアンナの力が弱まったので、身体を起こして時計を見た。
まだ朝5時である。
外も真っ暗だ。
寝るまで点けていたエアコンの暖気もすっかり消え失せ、空気がひんやりとしている。
今日も寒い一日になりそうだ。

普段は7時に起きて、適当にパンなどを食べて身支度を整えて、8時に家を出る事にしているが、すっかり目も覚めてしまったし、果たしてどうしたものか。
ん?そういえば。

「アンナはずっとここにいるんだよな?」

「え?そのうち出ていくと思うよー」

「そうじゃなくて、今日って出掛ける予定はあるか?」

「ううん。まだ何も準備出来てないもん」

どうも引っかかる言い方だ。
そのうち誰かから連絡でも入るのだろうか?
でもアンナは外部と連絡を取り合うような通信機器を持ってないように見える。

とにかく、アンナがここにいると言うなら信じるしかないのだろう。

「俺は仕事だからこの後出掛けるけど、もし出掛けるならちゃんと鍵を掛けて出掛けてくれ」

「鍵?」

「うん、鍵。持ってるだろ?」

何しろ昨日は俺が帰宅したら既に部屋にいたわけだし。
その問題は結局何も解決してないままだ。
近いうちに管理会社とか不動産屋に連絡して、俺の部屋の鍵の管理が一体どうなってるのかを確認しなければ。

「鍵……」

「おい、無くしたのか?」

「うーん、分かんない」

無くしたと言っても、俺が帰宅した時にアンナはベッドで寝ていたから、この部屋のどこかに落ちてるはずだが。
いや、待てよ。
俺はアンナがどうやってこの部屋に入ったのかを知らないではないか。
一人で来た、と断言出来ない。
もしかしたら【神様】とやらと一緒にここに来て、そいつがアンナを残して鍵を掛けて出ていったのかもしれない。

「アンナが鍵を開けて入ったのか?」

「さぁ?気付いたらベッドで寝てたから」

「………………」

何なんだその物凄く犯罪のにおいがする状況は。
会社に行ってる隙にアンナの身に何かが起こったらどうする?
俺はどうすべきなのだろうか。

「俺、アンナがいなくなるまでずっとここにいた方が良いか?」

「どうして?会社って危ないの?死んじゃう事ってある?」

「会社じゃなくて、アンナが危ないんじゃないか、って言ってるんだ」

「そう?ベッドって危ない?」

「危なくはない」

「だったら大丈夫だよー。私は大丈夫だし。あはは」

……完全に双方の【危ない】の意味が噛み合ってないと思うが……ここは大人しく会社に行くしかないのだろうか。

帰宅後、この決断が正しかったのかどうか、頭を悩ますような不思議な事態に巻き込まれるなんて、小市民の俺には知る由もなかった。

続く

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