【無料小説】 恋愛小説 拝啓、わが路

【無料恋愛小説】拝啓、わが路~一回目

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▼目次

  1. プロローグ
  2. 【キヨエ】
  3. 【ハイジ】
  4. 【断】
  5. 【ハイジ】
  6. 【キヨエ】

プロローグ

言葉は人を傷付けるとはよく言ったものだ。
悪口、妬み、誹謗中傷、罵詈雑言。
傷付けるだけならまだ良い。
時に人は言葉で死んでしまう。
ペンは剣より強し。
刺された傷口からは目には見えない血が噴き出す。
目に見えないだけに性質が悪い。
肉体ではなく心が流す、悲しみという名の黒い血液。
血を流し続ければ、いつか心は死んでしまう。
心が死んでしまったら、肉体だっていずれ死ぬ。

【キヨエ】

たまたま隣の席になったその子は、とてもおかしな子だった。

「私、キヨエ。よろしくね」

「うん。キヨエちゃん。私は女の子」

「え?見れば分かるよ?名前は?」

「あ、女の子だって分かって話し掛けてたの。私はハイジ」

名前はハイジちゃん。
私には全然考え付かないような事をよく言う。

「ハイジちゃんって何人家族?」

「うーん、三人かもしれないし、どこかにもっといるのかもしれないし」

「え?会った事ない家族がいるの?」

「たぶんいないけど、そう思ってたら出てきたときに驚かないかな、って」

「ふーん……」

とても変わってる。
本気なのか違うのか、それすらも分からない。
でも不思議と勉強はよく出来る。

「ねぇ、ちょっと昨日のノート見せてくれる?」

「うん!良いよ!たっぷり見たり書き写したりしても良いよ!」

「ありがとう……ねぇ、これ……って、文字を右から左に書いてるの?」

「そうだよ!その方が集中して、書きながら覚えちゃうから!でも最近慣れてきちゃったから、今度は文字自体を逆に書こうかな!」

妙に元気で明るい時もある。
頭の良い人ってこういうものなのかな。
そう思うと私は不安になる。
だって、それじゃ私は絶対に賢くなれないから。
ハイジちゃんの真似なんて絶対に私には出来ない。

隣の席になったのが切欠で、少し話すようになった。
いつも何を言っているのか半分くらいしか理解出来ない。
でもつい話し掛けちゃう。
話し掛けては要領を得ない会話をして、変な気持ちになる。
何だか頭も心も霧がかかったみたいにもやもやする。
そんな関係が続いたある日の事、

「ねぇ、私、実はタクト君が好きなの」

つい言ってしまった。
何故だろう。

ハイジちゃんとは友達だから?
話はするけど、そんなに仲良しだったっけ。
相談に乗ってくれそうだったから?
ううん。彼女はやっぱりどこか変わってる。

ハイジちゃんは大人しい時と、明るい時の差が激しい。
その様子は私を不安にさせる。
特に明るい時。
いつもよりも何を言っているのか分からないから。
どうして明るくなるのかもよく分からない。

タクト君とどうにかなりたいなんて思ってない。
ぶっきらぼうでスポーツ万能なタクト君は、見ているだけで何だか満足だから。
たまにお話出来ればとても嬉しいから。
本人に好きって伝えて、その後どうなるのか分からないから。

好きってタクト君に伝えて、もしタクト君も私を好きだとしたら、その後どうすれば良いの?
大人の人ってそんな時、何をするんだろう。
パパとママはどうしたんだろう。
どうも好きって言い合っただけじゃ子供は出来ないみたいだけど……
でも結婚する事にはなっちゃうのかな。
そんなおっかない事だってまだ詳しく知らない。
分からないから、やっぱり言わなくても良い。
そんな私は、小学三年生。

でも私がタクト君を好きだって誰も知らないのはちょっと寂しい。
あと、好きな人を知っている同士がとても楽しそうにしてるのを見かける。
例えばアイサちゃんとチユリちゃん。
アイサちゃんはヒロト君が好きで、チユリちゃんはリョウ君が好き。
二人が教えてくれたわけじゃないけど、見ていればすぐに分かる。

アイサちゃんがヒロト君とお話すると、その後でチユリちゃんが寄ってくる。
チユリちゃんがリョウ君とお話すると、その後でアイサちゃんが寄ってくる。
そしてアイサちゃんとチユリちゃんの二人きりになると、ヒソヒソと嬉しそうにお話する。
それがとっても楽しそう。
ヒロト君やリョウ君とお話している時よりもずーっと楽しそう。

そして私とハイジちゃん。
私の告白を聞いても、ハイジちゃんはキョトンとしてた。

「ふーん。そっか……」

とっても素っ気無い。
これは大人しい時のハイジちゃん。
どっちかというと、今が普段。
明るい時はあまりない。

「キヨエちゃんは、タクト君が好きなんだ……」

「ちょーっと、名前言っちゃダメっ!」

もしバレたらどうするの?
そんな顔で、本当は全然怒ってなくて、言ってみた。

「……ごめんね」

もう。ノリが悪いなぁ。
もっとからかったり、色々訊いてくれても良いのに……

【ハイジ】

突然告白された。
今は放課後でも昼休みでもない。
とっても普通の、教室にほとんどクラスメートが残っている休み時間。

「ねぇ、私、実はタクト君が好きなの」

この告白はどういう意味なのかな、と考えてみる。

こうして私に伝えたからには、何かをして欲しいに違いない。
タクト君って優しいもんね、と同意して欲しい?
タクト君そんなに良いかなぁ、と忠告して欲しい?
でもタクト君の事が好きなキヨエちゃんは、私よりずっとタクト君に詳しい。
だからきっと、そんな事を言って欲しいわけじゃない。

じゃぁ、私もタクト君の事を好きだと思って、釘を刺しにきた?
もしくはタクト君が私を好きで、仲良くするなと言いにきた?
たぶん違う。
私はタクト君と話した事も無い。
どんな人か全然分からない。
私には……キヨエちゃんの事だってよく分からないのに。

もしかして私をタクト君と間違えた?
でもタクト君も教室にいたからたぶん違う。

それなら、きっと答えは一つしかない。
放課後、私はその答えを行動に移す。

【断】

私と接した人は、誰もが恐れるように眉をひそめた。
育つに従って変わってきたけど、小さい頃は特に酷かった。
親戚や近所の人や保母さんや先生。
彼らの引き攣った笑顔をよく覚えている。

産まれてから今まで、色々な事を言われてきた。
「個性的」
「発想が人と違う」
「普通じゃない」
「天才肌」
「ちょっとおかしい」
「わがまま」
「狂ってる」
色々と。

本当にそうなのか、自分では分からない。
自分が他の人とどう違うのか、変わってるのか、そんなの分からない。
言った人がたまたま知り合った事が無いタイプなだけで、本当は私みたいな人はたくさんいるのかもしれない。

でも言葉はその都度私の記憶に残る。
言葉が私を支配していく。
言われた言葉に私の中身も引っ張られていく。

それは例えば血液型の性格診断と同じ。
A型だってB型だって、産まれた時はきっと性格に差が無い。
でもA型は几帳面とか、B型は変わってるとか、子供の頃から散々言われる。
そうしないといけないような気がしてくる。
何度も繰り返し情報を刷り込まれて、そっちに性格が寄っていってしまう。
そうなればもう言った者勝ち。
誰かが言って広めてしまえば、世の中が勝手にその論理にはまり込んでいく。

私の性格を決める言葉を放った人達は、それに気付いていない。
自分の言葉の威力を知らない。

皆が用意して押し込んだ私のあるべき姿。
そのマネキンの中へ、私の心が入っていく。

子供らしい言動なんて私には分からない。
引き攣った顔をもう見たくない。
そうして私は、あまり人と接しなくなってしまった。

本当は誰かの笑顔を見たい。
その想いは徐々に、誰かの役に立ちたいという想いに変わっていった。
私と関わる人を幸せにしたい。
でも私が関わると皆が嫌な想いをした。
良かれと思った行動が上手くいかない。
そうして私は私ではなくなる。

【ハイジ】

「話って、何?」

放課後、タクト君と私の二人きり。
これから彼に告白する。
キヨエちゃんの代わりに。
こうすればキヨエちゃんもきっと喜ぶ。
そう思ったら身体の芯が飛び跳ねるように武者震いがした。

「タクト君の事、キヨエちゃんが好きって言ってたよ!」

声も言葉も釣られて元気になる。

「えっ……」

タクト君は黙ってしまった。
視線がぐるぐると宙を彷徨っている。

これはもしかして困っている?
何故だろう。
皆が幸せになるために伝えたのに。
彼は自分から伝えようと思っていた?
どう反応すべきか分からないだけ?

「キヨエちゃんが好きって言ってた!だからタクト君も好きって言った方が良いよ!」

それで皆がとても幸せ。
だから私は止まらない。

「うっ、うるせー!俺……他に好きな人がいるもん!」

あっと言う間だった。
言いながらもうタクト君は背中を向けて走っていて、言い終わる頃には廊下に声が響いてた。
……どうしてこうなったんだっけ?
どうなるのが良かったんだっけ?
役に立とうと思って……失敗したみたい。

「ねぇ、ハイジちゃん、昨日タクト君に何か言った?」

次の日、キヨエちゃんに訊かれた。
怒っているような、悲しんでいるような、複雑な顔をして。

「うん。キヨエちゃんが好きって言ってるよ、って」

「そう……やっぱり……」

キヨエちゃんは俯いて顔が見えなくなってしまった。
やっぱり悲しんでいるみたい。

「何で?何で言うの?」

俯いたまま、今度は怒ってるみたい。
どうしてだろう。
私がした事は間違いだったのかな。

「タクト君に伝えて欲しくて私に言ったのかと思って……」

「もうハイジちゃんなんて知らない!何考えてるのか分かんない!」

「…………ごめんね」

こうして私は分からない人になる。

【キヨエ】

朝登校すると、いきなりタクト君にベランダに呼び出された。
何だかとても怒っている。
私、何かしたっけ?

「俺、お前の事好きでも何でもねーから」

言葉を叩きつけるようにそう言って、私の顔も見ないでそそくさと教室へ戻っていった。
……何で?
どうして?
誰が私の想いを彼に言ったの?
ううん、私の想いを知っているのは一人しかいない。
どうしてこんな事をしたんだろう……ハイジちゃん。

ショックだった。
タクト君に振られた事じゃなくて、ハイジちゃんがしゃべっちゃった事。

私、本当は自分の気持ちに気付いてた。
本当はタクト君がどうこうじゃなくて、ハイジちゃんと仲良くしたかっただけなんだ。
アイサちゃんとチユリちゃんみたいになりたかった。
何でも知ってて、二人だけで笑える話題をいくつもいくつも共有しているような、そんな友達が欲しかった。

でもそんな本当の想いをハイジちゃんに伝えるにはもう遅くて。
ハイジちゃんが私を傷つけるような事をした、って思ったらもう悲しくて止まらなくて……

ハイジちゃんが私の想いを誤解していただけだって分かってる。
ハイジちゃんは私に意地悪したかったわけじゃない。
分かってたけど、何だかショックな気持ちのまま話したら、止まらなくなっちゃった。
そのまま、私達は絶交してしまった。私から一方的に。
傷つけていたのは私みたい。

どう話し掛けたら良いのか分からなくて、そのままハイジちゃんと話す事は無くなってしまった。
私は小さな子供で、頑固で意固地だった。
そんな私は今、高校一年生。
もし機会があれば、ハイジちゃんにきちんと謝りたい……

続く

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