【無料小説】 だから俺はクリスマスが嫌いなんだ 恋愛小説

だから俺はクリスマスが嫌いなんだ:12月22日その2

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一瞬で頭はパニック状態に。
何故俺のベッドに女が……?
女はこの季節には似つかわしくない寒そうな赤い服を着ている。
半袖のミニスカワンピースだ。
裾と袖口と襟に白いファーのような素材がついている。
などと面倒な描写が必要ないくらい、簡潔に表現する事が可能な服装なので、その言葉を使わせてもらおう。

サンタのコスプレである。

あまりにも寒そうな布面積なのでこの季節に似つかわしくない、などと表現してしまったが、これ以上クリスマスっぽい服装は世の中に存在しないと思われる。
布団も掛けず、横向きに、頭を向こう側、足をこちら側に向けた体勢で寝転がっている。
横向きと言っても運の悪い事に壁側を向いていて、表情を窺い知れない。
髪は見えるものの、恐らくウィッグなのだろう、肩の長さのツヤツヤした銀色の髪が見える。
いかにも人工的な、不自然過ぎるツヤツヤ具合だ。
眠っているのか、起きているのか、死んでいるのかも分からない。
スカートから女と判断したが、場合によっては特殊な趣味を持つ男の可能性すらある。
しかも右足だけを折り曲げた絶妙な体勢により、スカートの中を見る事が出来ない!
もし相手が男だったとしても目が行ってしまうのが本能なのである!

物音をさせないように、部屋の中をゆっくりと見回す。
呼吸音すらさせないように。
今ならメスライオンと目を合わせても襲われずに済むだろう。
それくらい生命体としての気配を完全に消し去っている。
台所から聞こえてくる冷蔵庫のモーター音が物凄くうるさい。

あろう事か、俺は帰る部屋を間違えてしまったようだ。
俺の部屋は15階建てマンションの301号室。
要するに3階の端の部屋である。
記憶を辿る。
いや、確かに俺は一番端の部屋に入ったはずだ。
という事は、ここは2階か? それとも4階か?
いや、このマンションは階によって間取りが変わるマンションで、1階から3階は俺の部屋と同じ一人暮らしを意識した間取りであり、4階から上はファミリー層を意識したもっと広い間取りになっていたはずだ。
という事は、ここは2階の可能性が極めて高い。
エレベーターのボタンを押し間違えたか?
っていうか、俺の部屋の玄関と同じ鍵で開いちゃったんですけど?
一人暮らしの女性の部屋と同じ鍵だなんて、セキュリティとか大丈夫なのかこのマンションは。

そんな事を考えつつ、部屋の中を見回し終え、重大な事に気付いた。

――やはりここは俺の部屋である。

テーブルも、テレビも、ノートパソコンも、ベッドも、カーテンも、カラーボックスも、その他細かい物全部。
全て見慣れた物、見慣れた配置だ。
いくら間取りが同じだからって、家具まで全て同じになるとは思えない。
このマンションは家具が備え付けられたウィークリーマンションとは違う。
全て俺が家具屋で購入した物なのである。
となると、やはり問題は唯一見慣れない存在であるベッドの上のこの女!
一体どうやって俺の部屋に入ったんだ!?
本当に違う部屋の鍵で入ってきちゃったんじゃないだろうな!?

「ううーん」

はっ!?

女がうめき声をあげ、俺は慌ててその場にしゃがみ込んだ。
しゃがんだ拍子に運動不足の膝がパキッと音を立てた。
あー、もっと普段からストレッチとかをやっておけば良かった!
って、何故俺が隠れなければならないんだ!?

そもそも部屋の入口付近でしゃがんだところで隠れられるわけではない。
逆に顔の高さが女と同じになってしまったくらいだ。
依然として寝転がっている向きが違うので、今はお尻と脚しか見えないが。

「ううーん」

はっ!?

息を呑む。
女がうめき声と共に寝返りを打ち、仰向けになった。
相変わらず絶妙な角度でスカートの中が見えない。
俺は女の顔を確認するため、膝の関節が鳴らないようにゆっくりと立ち上がった。
目を凝らす。
女だ。
やはり男ではなく女。
まぁ実際にはうめき声の時点で女という事には気付いていたわけだが。
それはさておき。

寝顔なのではっきりとした年齢は分からないが、それでも肌質や全体像を見れば若い事はすぐに分かる。
24歳の俺よりも恐らく若いのではないかと思われる。
そんな若い女がミニスカサンタの格好をして俺のベッドで眠っている。

……どうしよう。
このまま目を覚ましたらきっと悲鳴をあげられたり騒がれたりして、俺はその瞬間から性犯罪者になってしまうかもしれない。
自分の部屋に帰宅しただけなのに!?
でも世の中には確かに冤罪というものが存在していて、男性側が非常に不利な立場のまま事が進んでいくという話をよく聞く。
しかも、いざ裁判で無罪を勝ち取っても、黒い疑惑が周囲から消えずに苦労するらしい。
会社を辞めさせられたり、友人全てを失ったり、親類が疎遠になったり。
潔白なのに、シロなのに、白い目で見られるのである。
言うなれば、お先真っ白。
などと言葉遊びをしている場合ではない。

何とかしなければ。
何だったらこのまま部屋を出て、コンビニとかファミレスで時間を潰して、女が目覚めて部屋が違う事に気付いて勝手に帰ってくれるのを待つとか……。
いや、目が覚めてくれれば良いが、また帰宅してもこの女は眠り続けたままかもしれない。
そうなったらとんだ無駄骨である。
Tボーンステーキじゃあるまいし。

うーん、俺が見付かる事無く、確実にこの女が目を覚ます方法……。
ちょっとスマホで検索してみるか?
ポケットからスマホを取り出す。
どうやって検索すれば答えが見付かるだろうか。
【女、起こす、気付かれず】……。
それよりも【気付かれずに人を起こす方法教えて】と人工知能の女性に話し掛けたら何とかなるか?
いやいや、ちょっと待て、この状況で声を出すなんてもってのほかだ。

「何してんの?」

はぁ!?
声出すなって言ってるのに何を勝手に話し掛けてんだこの人工知能!
しかも急にタメ口なんて身につけやがって!
慌ててスマホの電源を切った。

「何してんの?」

おい!
電源切っただろうが!
知能があり過ぎて【電源オフ=機能停止】という電子機器の基本を忘れてやがる!
再度電源を切るためにスマホを見ると、何故か画面は真っ暗。
……これってもしかして?

「ねぇ、何してんのってば」

やはり画面は真っ暗なままだ。
人工知能が暴走する不具合が発生しているらしい。
しかも人工知能のクセに更に口が悪くなってるし。

「ねぇ、あなたは誰?」

おいおい、スマホを買った時、まず最初に端末に個人情報を登録しただろうが。
早く使いたいのに面倒な設定を次々強制されてイライラしたのを思い出す。
こんなの使わないだろう、というサイトのアカウントをいくつも作らされたりして。
まさかまた設定し直さなきゃならないんじゃないだろうな?
でもちょっと違和感があるんだよなぁ。
スマホからじゃなくて、さっきのうめき声の辺りから話し掛けられてる気がする。

もしや、と思い、恐る恐るゆっくりと顔を上げる。
すると嫌な予感は的中。
いつの間にか上半身を起こし、ベッドの上で足を伸ばして座った状態の女と目が合った。
最悪の事態を前に、俺は無意識に口を開いた。

「悲鳴……」

「はぁ?」

女は首を傾げ、心ここにあらずな視線を向けた。
明らかに意思の疎通に失敗した人間がきょとんとした時に見せる表情である。
と思いきや、突然「フッ」と鼻息を出し、表情が緩んだ。

「あーっはっはっは!悲鳴あげる時に【悲鳴】って言うんだ!変なのー!」

ヒーヒー言いながら、前屈みになってお腹を抱えて笑っている。

「そ、そうじゃない!君が悲鳴をあげるんじゃないかと思って身構えたんだ!君は寝起きに見知らぬ男がいても平気なのか!?」

「悲鳴あげた方が良かった?」

「いや、そういう意味じゃ……」

女は笑うのをやめ、つまらなそうな表情で俺を見詰めた。
ご丁寧にウィッグの銀髪と合わせたような銀色の眉に、カラーコンタクトのような真っ青の色をした丸い瞳。
実際の色なのか?それともカラコンをしたまま眠ってたのか?
鼻筋が通っているため、白人やハーフにも見えるが、全体的にまだあどけなさが残っている。
20歳、もしくはもっと若いだろうか?

「変なの。で、結局あなたは?」

いや、まぁこの部屋の住人なわけだが、初対面だし恐らく名前を訊かれているのだろう。
よく女と間違われるのであまり名乗りたくないのだが……。

「俺は杉山円(すぎやま まどか)。君は?」

「それは分かったから、どうしてここにいるのかな?って」

ぐぬぬ、名前なんてどうでも良い、みたいな態度である。
あまり名乗りたくない名前を名乗っちゃったじゃないか!
まぁ確かに実際に今は名前よりも遥かに重要な話があるわけだが。

「どうして、って言われても、ここは俺の部屋だぞ。301号室」

「どうして?」

何についての疑問だよ。
恐らく自分の部屋と思って間違えて入ってしまった過去の自分に対しての疑問だと察しはつくが。

「酔ってたのかどうなのか知らないけど、自分の部屋と間違えたんじゃないか?」

「そうじゃなくて、どうして301号室に人がいるんだろう?」

「……え?」

「おっかしいなー。そんな事言ってなかったのに。でもそっかー、なるほどね」

どういう事?
もしかしてこの女、この部屋と賃貸契約して引っ越してきたのか?
まるでそんな口振りじゃないか。

待て待て待て待て。

俺の賃貸契約ってどうなってるんだ?
もしかしていつの間にか契約が終わってたとか、更新期間が終わってたとか……。
今月の家賃って引き落とされてたっけ?
マメに口座なんてチェックしないからよく分からない。
でも、もし更新されてないとしたら一大事だ。
こんな真冬の寒空の下、着の身着のままで住居も無く放り出されたら凍死してしまうかもしれん。

「あ、あの……ここに新しく契約してきた方とかです……か?」

一気に不安になり、下手に出る俺。
就職が決まって引っ越してきて2年弱。
年が明けて3月になればちょうど2年だ。
確か賃貸契約って、2年ごとに更新というのが多いと聞いた事がある。
そんなものは全く気にしてなかったが、大学時代に住んでいた部屋も実はそうだったのかもしれない。
契約の時に大して真剣に契約書とか読まなかったからなぁ。
更新とかって黙ってても勝手にされるんじゃなかったか?
女の勘違いで部屋に紛れ込んできたなら俺に落ち度は全く無いし、強気にも出れるってもんだが、何か文書として俺に不利なものが残ってしまっているとしたら太刀打ち出来ない。
正式な、法的な力を持つ紙切れ一枚の方が人間の命よりも強い、という事が地球上ではよくある。
馬鹿げた話だと思うが、そうでもしないと力ずくの者が勝つ無秩序状態になってしまうかもしれないからな。

「うーん……」

女も何やら思案に暮れている。
こっちも契約とか適当に済ますタイプか!

「そうだよね、そうとしか考えられないね」

お、何やら思い出したらしい。
頼む、あんたの勘違いであってくれ!

「よし、一緒に住もう」

「………………」

「聞いてる?」

「………………」

「おーい」

「………………」

「まどかー?まどっち?」

「勝手にあだ名で呼ばないでください!今何て言った!?」

「ん?だからー、一緒に住むね、って」

「提案から決定に表現が変わっちゃってるし!ちょっと落ち着いて話を整理しましょう!」

部屋の中心にある小さなテーブルの横に腰を下ろした。
立ったままの会話では、脳に中々血液が行かなくて思考処理速度が追い付かない。
女もベッドに座った状態のまま右向け右、ベッドに乗り上げていた状態ではなく、足を下ろしてベッドに腰掛けるように座り直し、俺と正対した。
これはいかん。
ちょうど目の高さに女のヒザから太ももにかけてのラインがあり、陰になった黒い三角地帯が見える。
その奥にあるはずの別の色の布がこれまた絶妙な具合に全く見えなくて、つい見たくなってしまうではないか。

「私はアンナ」

「ひえっ!」

「ん?どうしたの?」

「いや、別に……」

ついいやらしい気持ちが脳を支配していたところで突然声を掛けられてビックリしてしまった。
いかんいかん、今はとにかく二人の賃貸契約についてしっかり確認し合わなければ。
女(アンナって言ってたな)の顔を見る。
不安で押し潰されそうになっている俺とは対照的に、何とも落ち着いた表情だ。
こういう時って何だかんだ女性の方が肝が据わってるというか、いざという時に女性の方が動じないような気がする。
行動力も女性の方があるのかもしれないし。
かつて禁断の果実に手を出したのも女性だ。
別に禁断の関係になる事を期待しているわけではない。

「まず確認なんですが、この部屋と契約したんですか?」

「どうしたの?急に変な敬語使っちゃって」

「いや、だって初対面ですし?しかもこっちのがどうも立場が悪い予感がするし」

「立場?」

「いえ、こっちの話……」

「こっち場?」

「いや、そういう意味ではなく……」

「私はこの部屋にいるように言われてたんだけど、まさかまどっちがいるとは思わなかったよ。そっかー、まどっちがねー」

やはりこの初対面のクセに妙に馴れ馴れしいアンナも詳しい契約内容は把握してないっぽい。
恐らく親に家賃を払わせて、契約とかも全て任せっきり、とかそんなところだろう。

「でもまどっちがここにいた時点で事情はもう大体把握したから大丈夫。どっちみちそんなに長居しないから」

「ちょちょちょ、そんな簡単に……え?長居しないって?」

「うん。たぶんね」

「たぶんって……」

長居しないという事は、この部屋と賃貸契約をしたわけではないのか?
次の部屋が決まるまでの急場しのぎとして来ただけ?
いやいや、そうだとしても、ここにアンナがいるのがおかしい事に変わりは無い。
俺が既に退去してる事になってしまっている可能性は残されている。
後で契約書をちゃんと読み返さないとな。
えーと、どこにしまったっけ……。

「まどっちは普段通り生活してくれれば良いよ。気にしないでー」

気にするって!
っていうか、本気でここに滞在するのか!?

でもこれが、俺とアンナのごくごく短い奇妙な同居生活の始まりだった。

続く

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