部屋へと戻り、テーブルの前に座ると、食事中でもないのにアンナが寄り添うように座ってきた。
すぐに寝るのかと思ったが、そういう気分でもないのだろうか。
たかがサンタコスとパジャマを隔てただけで、肌と肌が直接触れ合っていた状態とはまるで感触が異なる。
「あ、そうだ。どうしてアンナはサンタの格好なんだ?」
この際だから訊いてしまおう。
クリスマス好きという理由以外にも何かあるのかもしれないし。
「ん?だってサンタだもん」
「はぁ、そう……」
要するにクリスマス好きのレベルが桁違いという事か。
この時期はもうサンタとして過ごしたいくらい、クリスマスが好きなのだろう。
「今年ようやくサンタになれたんだよー」
「ふーん」
興味がないから価格をチェックした事は一度も無いが、サンタの服はディスカウントストア―などでも見掛けるし、そんなに値が張る服ではないと思う。
やはり洋服を一枚手に入れるのも困難な生活をしてきたのだろうか。
「まどっちもクリスマス好きだもんね」
「お、俺?」
おいおい、一度もそんな事を言ってないのに断言するなよ。
突然明るい部屋の中に出てきてしまったゴキブリが慌てて隠れるように、必死にクリスマスを遠ざけて生きてきたってのに。
誰かと祝った事だって、プレゼントだってケーキだって七面鳥だって、一度も経験が無いのがその証拠だ。
とはいえ、無闇に否定してサンタになりきっているアンナを悲しませるのも忍びないので、何も言わない方が良いのかもしれない。
「自分のクリスマスは皆と全然違うから、誰にも言わないようにしてたでしょ?」
「え……」
と、突然何を言って……。
アンナの真っ青な瞳が、俺を真っ直ぐに見詰めている。
心の中を、過去を見透かされているような気がして、思わず目を逸らした。
「クリスマスの話で盛り上がってる皆に気を遣わせちゃう、って心配してたね」
「な、何が?」
「ん?家の事とか、お母さんの事とか」
「………………」
何故アンナが俺の母の事を?
――クリスマスの記憶が甦る。
「起立。礼!」
誰よりも早く、真っ先に教室を後にする俺。
誰からもクリスマスの予定を訊かれないように。
……。
そうか、俺はクリスマスが嫌いだから避けていたわけじゃなくて、皆の楽しそうで幸福そうな、夢と希望に満ち満ちた表情を壊したくなかったんだ。
本当は、皆がクリスマスに何をして過ごすのか、凄く興味があったし、訊きたかった。
でも、逆に訊かれたら、俺の家庭環境を話してしまったら、クリスマスの空気をメチャクチャにして皆に同情させてしまいそうで、その場に留まっているわけにはいかなかったんだ。
クリスマスを祝ってもらえないのは俺だけでいい、寂しい想いをするのは俺だけで充分だ、と。
自分の中でその行動を妬みややっかみに変換して、いつしかクリスマスが嫌いだと自ら思い込んでしまっていたのか。
本当は凄く興味があるのに。
本当は思い切り味わってみたいのに。
そしてアンナは過去の俺の代弁者になったまま、一切攻撃の手を緩めない。
「皆には自分の分までクリスマスを楽しんで欲しいから、辛い事も苦しい事も悲しい事も全部一人で抱えてた」
「そ、そんな事……」
「あるよー。まどっち、ずっと願ってたもんね。俺みたいな想いをする子供が少しでも減りますように、って」
「………………」
何故アンナがそれを。
誰にも話した事なんてないのに。
――――!?
また俺は温かくて優しくて柔らかいものに包まれた。
もう見なくても分かる。
アンナが俺を抱き締めている。
抱き締めながら、俺の頭を撫でている。
「立派だったね。まどっち。よく頑張ったね」
「………………」
いかん、このまま優しくされたら目から何か出てきそうだ。
痛さも怖さも辛さも苦しさも悲しさも惨めさも憎しみも恨みも、全て心の奥底に押し留めて生きてきたのに。
このままアンナに包まれたら全て出てきてしまう――。
「ううう、うぐっ、ううう」
「よしよし」
「ううううううううう」
「よしよし」
「ううう、うっ、うっ、うううう」
「よしよし」
……。
…………。
どれくらいの時間か分からないが、アンナの胸に顔を埋めて泣き続けた。
その間ずっと、アンナは抱き締めたまま頭を撫で続けてくれた。
笑ったり泣いたり、ずいぶんと忙しい一日である。
スポンサーリンク