Mickey meets Minnie
他人の中に私の居場所など無い。
私の中に他人の居場所など絶対に無い。
気の合う他人がいたとしたら、それは口直しだ。
クセになる苦味だったとしても、所詮苦い事に変わりは無い。
そう信じて生きてきた。
入学式を終えたその日、教室では簡単な自己紹介が行われた。
僕は東京都新宿区のとある高校へ進学した。ホームページによると、創立100年以上経過しているそこそこ歴史のある高校で、一応進学校という部類に入る。数年前に女子の制服のみがセーラー服からブレザーに変更になり、そのニュースをテレビで観て初めて名前を知った程度の高校だった。
僕は知り合いが一人もいない状態から始まる高校生活に対し、淡い期待と色濃い不安を抱いていた。
糊の利いた着心地の悪いワイシャツを覆う黒い学ランは【違和感】という名の布を原料にしているようで、自分の肌のように馴染んだ中学時代のブレザーの制服が懐かしかった。
とはいえ、中学時代に仲良く会話が出来た連中は皆どこか違う高校へ行ってしまった。悲しい事だけど、一度離れた人間関係が再び以前と全く同じ状態に戻る事は絶対に無い。そんな常識くらいなら僕でも感覚的に知っている。
つまり完全にゼロからのスタート。気張らずにちょっとずつここでも自分の世界を作っていけば良い。少なくともマイナスにならなきゃ良いんだ。
自己紹介を終え、椅子に座りなおす瞬間、後ろの席のヤツが鼻息のみで僕をバカにしたような気がした。
続いて後ろの席のヤツの自己紹介だ。全く問題の無い、無難にまとめた僕の自己紹介を鼻で笑う資格があるのかどうか、お手並み拝見と決め込んでやろうじゃないか。
なっ!……んて奇抜なヤツ。
教室の空気が一気に張り詰める。そりゃそうだ。自己紹介なんて変にウケを狙ったり、人と違う事なんて言おうとしない方が良いんだ。そんなマネをすると高確率で顰蹙を買う。人間、そう簡単に面白い事なんて言えやしない。お互いに性格やキャラを理解して初めて相手の言っている事が面白くなるんだ。
まずは話し掛けやすそうな、人当たりの良さそうな雰囲気を匂わせて、後は名前だけ覚えてもらえりゃそれで充分なんだ。
要するに、後ろのヤツはそのセオリーから完全に逸脱していた。
担任である若い女性教師の視線も大慌てで、出席簿と後ろの席のヤツとの間を行ったり来たりしていた。
「えーと、ミニーさん……よね。今ので良いの?」
ミニーと呼ばれた彼女以降に自己紹介をする連中が気の毒になるくらい教室が凍りついたまま、自己紹介の時間は過ぎていった。
その後は、翌日から始まる本格的な高校生活に対する簡単な説明を受け、放課後となった。
その間、僕はずっと耐えていた。自分のすぐ背後にいるヤツが明らかに常人ではないという好奇心に負けないように耐えていた。そして放課後になった瞬間、脳は危険信号を大音量で鳴らしていたけど、ついに振り返って彼女を見てしまった。
僕を睨む切れ長の黒い瞳が見えた。僕と目が合うと、少しだけ目を細めて、更に鋭い目つきになった。
有名な彫刻家が【敵意】というテーマで作った精巧な彫像のようだった。美人なのに怖い。いや、美人だから怖いのか?
興味のある人が奇跡的に存在していたら話し掛ける、というフレーズが脳の記憶領域から顔を出した。
これがミニーとの出会いだった。
奇跡的と言えるのかどうかは分からないが、そう僕が思いたいならそれはきっとそうなんだろう。