【無料小説】 そして欠片は花弁のように 恋愛小説

【無料恋愛小説】そして欠片は花弁のように②ミニー

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17年間。
一口に言うのは簡単だけれど、それはとても長い時間だ。
私という存在が刻んだ全ての時間。
つまり、私が知っている中では最も長い時間という事になる。
その間、人々の生活も意識も、環境も経済も政治も、大きく様変わりしてきた。
進化や進歩や劣化や退化。
風化や忘却。

日々止まる事なく移ろいゆく時間の中、私はただじっと移ろわずに、変わらずに生きてきた。
周囲の変化と交わる事の無い存在。
一人にして独り。
変わらずに、と言ったけれど、一人でいる状況に動じないための変化なら続けてきたのかもしれない。

でもそれももう昔の話。
今は日々少しずつ変わる周囲と、そして同じように変わる自分とを感じている。

それはある意味では退化と言える。
吸収し続けた知識は、私を傷付けない盾として。
研ぎ澄まし続けた言葉は、私が傷付く前に相手を切り刻む矛として。
いつか絶対に自らを守ってくれるものとして磨き続けてきた。
使う機会も無いままに。

今は盾も矛も持ち合わせていない。
盾は優しく私を包む絹のような肌触りの空気に。
矛は楽しく私を喜ばせる砂糖菓子のような日常に。
それぞれ変わってしまった。

以前の私と比べても何も変わったようには見えない、と周囲の人は思うかもしれない。
でも私の中では、今の私はまるで別人のよう。
それが危険な事だと分かっていても、この変化を止められない。
退化なのか進化なのか。
それすらも私には分からない。

ミッキー
痛ててててて!
ミニー
さっきからうるさいわね。もう離してるじゃないの。そろそろ帰るわ。早く帰らないと夕飯が可哀想だものね
ミッキー
え?夕飯?まだ昼食も食べてないじゃないか。もしかして今日はお前が夕飯を作る日なのか?
ミニー
あら、どういう事かしら?誰もそんな事は一言も言ってないじゃないの。たまにご飯が私を待ち構えているような気持ちになる時があるのよ。食べられたくて食べられたくてウズウズしていて、早く私が胃の中に収めてしまわないとどんどん機嫌が悪くなってしまうわ
ミッキー
何だかよく分からないけど、機嫌が悪くなるとどうなるんだ?味が落ちたりするのか?
ミニー
あら、どういう事かしら?誰もそんな事は一言も言ってないじゃないの。機嫌が悪くなるのは私の事よ。この状態になってしまったらもう早く食べないとどんどん機嫌が悪くなってしまうわ
ミッキー
それってお腹が減ってるだけじゃないのか?
ミニー
そうね。何故かあなたが全く食事を摂ろうという素振りを見せないからもう帰るしかないのよ。きっと今なら夕飯を食べなくても大丈夫なくらいたくさん食べてしまいそうよ。食べてもらえない夕飯にとってはとても可哀想な事態ね。それにしてもまさか飽食の時代といわれる現代で兵糧攻めをする人でなしがいるとは思わなかったわ。もう私に近寄らないでちょうだい
ミッキー
お腹が空いてるならそう言えば良いだろうが!あっ!ちょ、ちょっと、待ってくれ!
ミニー
うるさいわね。勝手に人の手を握らないでちょうだい。全く衣服を着ていない手は、捉えようによっては裸を触られているようなものなのよ。いえ、手を預ける行為が心を許している状態の証明だと捉えれば、裸以上に裸の部分とも言えるわ、って何を言わせるのかしら、みっともない。不埒狼藉者、と叫ぶわよ
ミッキー
彼女の手を握っただけで性犯罪者の疑いをかけられたらたまらないぞ!とにかくもっと一緒にいたいからまだ帰らないでくれ!
ミニー
……違うわよ。フライドポテトを食べるわよ、って言ったの。ちょうどそこにお店があるわよ。何のために私が駅に向かって歩いていたと思っているのかしら
ミッキー
何だ。最初からそのつもりだったんじゃないか。全く素直じゃないててててて!

素直じゃない事は承知している。
素直になれたら、とは思っている。
素直になってはいけない、とも思っている。
素直になるにはまだ、もっと必要な事があるから。
その必要な欠片を手元に集める日々。

私は彼に嫌がらせをしているわけではない。
欠片を集めているだけ。

彼の手に爪を立てるのも、決して嫌がらせではない。
私自身にもその感情の全ては説明しきれない。
幸せに染まりきってしまう自分が怖かったり、彼が隣にいる事が当たり前になってしまう自分が不安だったり、手を繋ぐという行為がいつまでも二人にとって新鮮なままでなければ寂しかったり、様々な理由による。
恐らくそれは私の弱さの裏返しの行為で、だからこそ彼には何も説明しないし、何も悟らせない。
彼も特に詳しくは訊いてこない。
それがまた腹立たしい。

そんな彼と付き合って、そろそろ一年になる。
8月31日は私達が付き合い始めた日。
多くの恋人達にとってそれは「記念日」とも呼ばれている。
その日で二人の関係が終わるわけでもないし、その日を目標に生きているわけでもない。
特に何もしなくて良いと思っている。
だから彼も何もしてくれなくて構わない。
彼にもそんな素振りは無い。

ただ、私はあるアイディアを思い付いた。
それなら話は別だ。

でも時間がかかるこのアイディア、詳しく調べてみると、思い付いた時にはもう既に手遅れになってしまっていた。

母はこの手のジャンルに詳しいので、何か手立てがないか、話を聞いてみる。

「私としては買って渡して終わり、という形ではなくて、過程を大切にしたいのだけれど。そんな誰にでも容易に真似が出来る事では面白味に欠けるものね。でもどうしても無理という事態になったら、購入するしかないのかしら」

「うーん。どうかなー。内容次第だよね。何か希望があるならママに言ってみよー」

私は私の理想の形を伝える。
ちなみに私は「ママ」という名のチンピラと会話をしているわけではなくて、この軽妙で軽薄な人物が私の母だ。

「ふーん。それはまたミニーちゃんらしいというか……欲張りだねー…………いくつかは出来ないと思うけど、たぶん大丈夫。それにしてもホントにミニーちゃんはミッキー君の事……」

「それ以上は例え家族でも言わない方が良いわよ。この世に産んでもらった恩を全て仇で返してしまうかもしれないわ」

「はいはい。どうして私の娘なのにそんなに捻くれちゃったんだろーね」

「うるさいわね。自分が簡単に捻る事が出来てしまうような人間だから相手が捻くれているように見えるだけじゃないの、失礼な」

「はいはい。でもミッキー君をあんまり困らせちゃダメよー。また【ママー、独りは寂しいよぅ】とか泣きつきたくなかったらね」

「記憶の改竄を趣味に持ちたいならもう何も話さないわよ」

最近母が馴れ馴れしくてとても腹立たしい。
彼の名前を出せば私が怒らない事を知っている。
元々会話が多かったわけではないけれど、以前はお互いに必要な事しか言わないような、腫れ物に触れるような、深くは踏み込まない会話をしてきた。
今はきっと娘の私と少し深い話をするのが嬉しいのだろう。
これも退化なのか進化なのか。

とにもかくにも、私のアイディアはある程度実現出来る可能性が高い事が判明した。
私は早速確認のためにその場所へ向かった。
正直に言って、まだどんな状態で完成するのかよく分からない。

母からのアドバイスを頼りに、試行錯誤しながらやってみるしかないらしい。

続く

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