【無料小説】 だから俺はクリスマスが嫌いなんだ 恋愛小説

だから俺はクリスマスが嫌いなんだ:12月23日その3

更新日:

電灯のスイッチを入れ、部屋の中が照らされると、一瞬で違和感に襲われた。
朝、アンナとパンを食べた時とは明らかに部屋の様子が異なる。
物で溢れ返っている。

という表現が果たして正しいのかどうか分からない。

これは、物というより、贈り物だ。
別名、プレゼント。
部屋の一角、この部屋唯一の窓の前に、綺麗に包装された荷物が数え切れないくらい積み上げられている。
20cm四方くらいの小さめの箱や、50cm四方くらいの大きな箱、様々な箱は全て色とりどりのリボンで飾られ、箱には入れずに綺麗な袋とリボンでラッピングされたぬいぐるみなどもある。
天井付近まで積み上げられていて、窓側の壁紙とカーテンの柄が変わったように見えなくもない。

「こ、これは……」

「あー、届いたんだー」

「届いた?アンナの荷物なのか?」

「ううん。私のじゃないよ」

「じゃぁ一体誰がこんなに……」

「あはは、大丈夫だよー。すぐ無くなるから」

言ってる意味が全く分からない。
一瞬俺へのプレゼントなのかとも思ってしまったが、すぐに無くなるならどうやら違うらしい。
しかもアンナも知らないうちに部屋に届いたような口振りである。
……え?

「おい、誰かこの部屋に来たのか?」

「ううん。来てないと思うよ」

「いや、だったらどうやってこの荷物を運び入れるんだよ」

「さぁ?そういうのとは違うんじゃないかな?」

ますます意味が分からない。
アンナがチェーンを開けなければ誰も入れないじゃないか。
アンナが知らないうちに運び込まれる事はあり得ない。
でもアンナは誰も来てないと言う。
という事は、アンナが一人で運び入れた、という可能性しか残されていない。
でもアンナが知らないうちに運び込まれたみたいだし……。

「結局、これは一体何なんだ?」

少なくともこのプレゼントが何なのかを知っている様子のアンナに訊いた。

「これ?プレゼント」

「それは見れば分かるけど、誰が誰にあげる物なんだ?」

「神様が、恵まれない子供達に」

「………………」

やはり【神様】とやらがこの部屋に侵入したんじゃないのか?
でも妙だ。
だとしたら、何故アンナを連れて行かずにここに残して行ってしまったんだろう。
寝惚けてチェーンを開けたのかどうなのかは分からないが、いずれにしてもアンナの記憶にないなら訊くだけ時間の無駄か?

「気にしない気にしない。予定通りだよー。まどっちがいたのは予定外だったけど」

などと言っているが、やはりどれだけ考えても真相は何も分からない気がする。

さて、気を取り直して夕飯だが、アンナは猫舌なので、パスタを作る事にした。
それならラーメンほどは熱くないので問題ないだろう。

二人分とは思えないような量のパスタを茹で、今までに一度も使った事のない大皿からはみ出ないように何とか山盛りに盛り付け、レトルトのミートソースを二人分掛けた。
パスタとソースの量のバランスが明らかに悪い気がするが、上手く絡めれば何とかなるだろう。
ちなみに一つの皿のパスタを二人でシェアするように盛ってしまったが、カップ麺や食パンすらシェアしようとするアンナなので、細かい事は気にしなくても良いのかもしれない。

部屋に運び入れ、パスタをテーブルに置き、アンナの正面に座ると、アンナは四つん這いで俺の隣に移動して、ぴったり寄り添うようにして座った。
そうしてくれるのが嬉しくて、わざわざ最初は離れた正面に座ったりして、俺は結構どうしようもないヤツらしい。

「これは何?カップ麺?」

なるほど、パスタも知らないわけか……。

「これはパスタ。こうしてフォークで巻いて食べるんだ」

目を見開いて、フォークに巻き付いていくパスタを凝視している。
一口サイズに巻き終えたのを見届けると、振り向いて俺を見詰めてきた。
やはり近い。
鼻同士が当たってしまいそうである。

「どうしてカップ麺と食べ方が違うの?」

「確かにそうだな。詳しく知らないけど、マナーの問題なんじゃないか?」

「マナー?」

いかん、自分で食べようとせず、更に俺の指を食べようとするアンナには食事のマナーなんて話しても分からない気がする。
しかも下手にマナーを意識されてしまうと、俺の楽しみが無くなってしまいそうだ。
って、どうしてアンナに食べさせる事に俺は楽しさを見出しているのだろう。

「ラーメンは音を立てて食べるとか、パスタは音を立てないとか、細かく色々あるんだよ。もちろん気にしない人もいるけどな」

「あーん」

説明を聞くのに飽きたらしい。
全く……。
赤桃色の口の中に、赤茶色のミートソースが絡んだパスタを入れた。

「美味しいー!」

「そっか。良かった。はい、もう一口」

「あーん」

アンナに食べさせ、その隙にフォークを持ち替え、俺の分を……、

「ねぇ、どうしてフォークが2本あるの?」

「え?アンナのと俺のとで2本使うだろ」

「2本使ってないよ?」

「え?ああ、同時にって事?まぁ同時には使わないけど」

子供の頃からずっと、誰かと食卓を囲んだ事なんて無いし、同時にフォークを2本使うようなテクニックは持ち合わせてない。
というか、そんなテクニックは存在しないのかもしれないが。

「同じじゃダメなの?」

「俺はダメ……ではないけど……アンナは嫌じゃないのか?」

「どうして?あーん」

アンナの口にパスタを入れる。
そのフォークで俺もパスタを食べてみる。
美味しい。
これより美味しいパスタは、イタリアンの三ツ星シェフが一生修行しても作れやしないだろう。
なるほど。
食欲以外の欲も同時に満たされれば、人間の味覚なんてこうも簡単に騙されてしまうのか。

「あーん」

俺が使ったばかりのフォークでパスタを巻き、アンナに食べさせる。
何の躊躇も無く、美味しそうに頬張った。
俺の口の中にあるパスタが更に旨味を増した。

……。
…………。

くそっ。
これじゃダメだ。
分からない。
やはりこいつは無防備過ぎる。
その危うさが、本人が意図しないところで距離を狭め過ぎてしまう性格が、物凄く心配になってしまうのだ。
俺の欲望が満たされれば満たされるほど、それを上回る速度で心配が膨らんでいく。
ただ俺はアンナの保護者でもないし、恋人でもない。
ただのお節介かもしれないし、もう隣に座ってくれなくなるかもしれないが、適切な男女の距離というものをもっと厳しく教えるのが俺の義務なのではないだろうか。

「なぁ、アンナ」

「何?」

「何度も言うようだけど、こういうのはやっぱり辞めた方が良いと思う」

「こういうの?どういうの?」

「見知らぬ男女はご飯を食べさせ合ったりもしないし、同じ箸やフォークも使わないし、裸だって見せないし、濡れた身体を拭かせたりもしないし、一緒のベッドで寝る事もしない。ましてアンナみたいにか、可愛くて、き、綺麗で、うつ、美しい子は絶対に自分からそんな事をしちゃダメだ」

「………………」

「だからその……っ!?」

記憶に鮮明に残るその感触に、また俺は突然包まれた。
温かくて優しくて柔らかい。
理由はさっぱり分からないが、アンナが思い切り抱き付いてきたのである。
昨日も食事の時だったっけ、などと考えている場合ではない!

「おい!?アンナ!?」

「可愛い?」

「な、何が」

「私、可愛い?」

「う、うん。可愛い」

「綺麗?」

「うん、綺麗だよ」

「美しい?」

「あ、ああ。美しいよ、本当に、凄く」

「あはは!そんなの初めて言われたー!」

「初めて?」

「うん」

本当かよ。
こんなに可愛くて綺麗で美しいのに。
一体どんな価値観を持った人間と生活してきたんだ。

「で、何だっけ?」

「何が?」

「男女がご飯になって一緒に裸で寝るとかどうこう……」

「ちゃんと聞いてなかったのか!?しかも酷い内容に端折らないでくれ!」

「だって急に褒めるんだもん」

「そ、そっか」

アンナの行動を戒めたはずなのだが、完全に論点が変わってしまった。
色々な事を知らなくても、子供のように欲求に忠実な行動をしても、どこの誰かも分からない不思議な同居人でも。
こんなに可愛くて綺麗で美しいヤツは今までに見た事が無い。
外見じゃなくて、心がだ。
心というか、存在そのものが放つ魅力というか。
もちろん外見についても当てはまるのはわざわざ言うまでもない。
誰かに命の心配なんてされた事が無く、誰からも必要とされなかった俺にとって、アンナは今まで出会った人間と全く違う。
アンナとたった1日過ごしただけで、今まで知らなかった色々な感情を知ってしまった。
例えば心配もそう。
アンナの行く末が、アンナが傷付く事無く生きていく未来が、自分の未来以上に心配である。
だからこそ、アンナに抱き締められた幸福感に甘えている場合ではない。

「と、とにかく、こういうのがダメ、って俺は言ってるんだ。見知らぬ男女が抱き締め合ったりするのは……」

「そうなの?」

「うん。だからほら、離れて」

アンナの身体が離れた。
名残惜しいが仕方がない。
離れたとは言っても抱き締めあっている体勢ではなくなっただけで、ぴったり寄り添うような場所にいる事には変わりがない。

「怒った?」

「怒ってない。でもまたやったら今度は怒るぞ。男は勘違いするからな」

「うー。男ってまどっちの事?」

「いや、他にもたくさんいるし、これから出会う男もたくさんいるだろ」

「他?うーん、たぶんいないと思うけど」

「いや、何を言って……」

「まどっちなら怒らないの?」

「え?」

「まどっち以外の人だと怒るんでしょ?まどっちが相手なら怒らないんでしょ?」

「いや、それは……」

「どうしてダメなの?今までまどっち怒らなかったのに」

「わ、分かったよ!俺は良いけど、他の人とは俺みたいに接しちゃダメだ!」

「はーい。あーん」

ぐぬぬ……本当に分かってるのかこいつは!?
でも……何故だ……今の言い方だと、俺にだけ心を許してるみたいじゃないか。
むしろ俺が二人の状況を何も理解してないだけなのか?
【まどっちと他の人との線引きくらい元々出来てるのに、突然何を言ってるんだろうこのまどっちは】みたいなリアクションである。

……。
…………。
………………。

「どうしたの?何か面白かった?」

「え?いや、何でも」

いかん、表情が緩んでしまったらしい。
ああ、そうさ、物凄く嬉しいとも。
こんな事は生まれて初めてなんだ。
信頼される事も、心を許してくれる事も、明確に特別扱いをされる事も。
もちろん逆の意味での特別扱いならいくらでもある。

腹立たしい子供、鬱陶しい子供、邪魔な子供、いらない子供。

実の母から、ずっとそんな扱いを受けて育った。
【自分達で勝手に生んだクセにふざけるな】と言いたかった。
でも、そんな事を言う機会もないまま、俺はずっと独りだった。
俺の貯金箱が壊された日を最後に、母とは一度も会ってない。
どこにいるのかすら、全く分からない。
例え死んでいたとしても、俺には何も知らされない気もする。
貯金箱を壊した行為は、血の繋がりとか保護責任とか、そういう何もかも全てを同時に破壊する行動だったのだろう。
母は母なりに、あれが一線を越える行為だと自覚していたのかもしれないな。
もしそれを理解していて破壊したのなら、あの日の母は救いようのない最低の人間という事になるだけだが。

父に対しては悪い感情は特に持ってないが、父は俺が生まれてすぐにどこか遠い町に出稼ぎに行ったきり帰らず、ほとんど会った事が無い。
一応住む家があった事と、僅かな生活費が送られてくる事で俺は生き抜いてきた。
父も母の性質をよく知っていたようで、生活費は母の口座ではなく俺の口座に振り込まれる形になっていた。
俺は通帳を絶対に母に盗られないよう、常に肌身離さず、学校にも毎日持って行っていた。
貯金箱に余った現金を入れていたのは迂闊だったが、まさか肉親ならそこには手を出さないだろう、と心のどこかで思っていたのだろう。

高校に入るとすぐにバイトして自分でもお金を稼げるようになって、それを全て貯金して、大学に入ると家を出て一人暮らしを始めた。
誕生日プレゼントもクリスマスパーティーもお年玉も何も無い人生。
それでも俺がグレずにやってこれたのは、今にして思うと、物心ついた頃には既に誰も頼らず何でも自分でする逞しさが身についていたからかもしれない。
グレる連中ってのは結局弱いのだ。
威勢は良いが全て虚勢。
社会に守られ、大人に守られ、甘えきっている。
自分の人生と真剣に向き合うのを恐れて逃げているだけの、一人では何も出来ない究極の弱虫だ。

「どうしたの?今度は怖い顔して。怒った?」

「え?」

しまった。
ついくだらない過去の事を考えてしまった。
せっかくアンナが美味しそうにパスタを食べているのに。

「ううん。怒ってない。ちょっと考えごと」

「どんな事?」

訊かれても困るのだが……。
俺の生い立ちの事なんて、この楽しい食事中にする会話として全く相応しくない。

「それよりほら、まずは食べちゃおう」

「あーん」

もし子供の頃にこの笑顔と出会ってしまっていたら、俺もグレるような人間になってしまったのだろうか。

続く

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